2017年09月14日

さようなら、うみ(13日のこと)

さ、お別れだよ。
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こういうときって猫より犬の
方がニンゲン的な感じがする。
いちごもちゃんと挨拶に来たし
あーちゃんもちょこっとのぞいて
いたが猫たちはほとんどスルー。

お昼頃こーから写メ、これから
うみがいる場所。うちの動物たちの
菩提寺、府中の慈恵院

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めぐもゆりも迎えに来てくれた
かな。ナナには会えたかな

今日も元気に散歩に行こう。

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今日は暑かったけどブタクサが
すごいのでみんなにお洋服を着せて
行った。あーちゃんもちょっと
嫌がったけどいつもみたいに
袖口や襟をかじらなかった。

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秋の雲と夏の雲が同時にある空
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トラックが走ってるので安全な
野原に入れてやったのに自分から
すぐ出てきてしまった。アブが
嫌だったのかな

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アケビもだいぶ大きくなり
サルナシも。取ってやりたいけど
手が届かない。

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クーラーをつけるほどでもなく
みんな気持ちよさそうに昼寝

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寝てる間にいつもの友だちの家へ。
先住猫の気のいいチャムが
好物の鰹節を食べているのを
こっそり見てるちび猫の小梅

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小梅ちゃんは鰹節より洋食派だ
そう。

夜は消しハン。今日のふたり

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頼まれていたものが一区切りなので
明日の夜は小さな木彫を彫ろうかな


posted by ミチル at 00:05| 山梨 ☀| Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

穏やかに旅立った

ここ数日うみが目に見えて
衰弱してきていた。でも実家に行く
日曜日も部屋をうろうろして
まだ自分から少しは食べていたので
栄養が倍というチュールを買って
来たらひとなめふたなめした。
それでも日に日に痩せてがりがり。
長くはないということはわたしも
こーもわかっていた。

夕べ実家から戻るとほぼ寝たきり。
でも呼べば耳を動かすしなでると
小さくのどをならす。れもが
心配そうに、付き添っていた。

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こうなると獣医さんに連れて行って
あれこれはしない。本人が痛かったり
苦しかったりはないから。夕べも
いつものようにこーが抱っこして
ねて、今朝いつものように居間の
椅子に寝かせていたがもうほとんど
動かない。今日はつるくんが
べったりと寄り添っていた。

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午前中買い物に出てお昼過ぎ帰宅、
また小さく呼吸している。
レスキューを垂らした水で口を
潤してやるとゆっくりと飲み込み、
頭をあげてにゃあ、と鳴いた。
 工房に行くのははばかれて
ずっと居間にいたが3時ごろ見ると
もう呼吸はしていなかった。
眠ったまま静かに旅立ったうみ。
98年に拾ったので19歳だった。

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日曜日のうみ
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部屋をうろうろしてお水をよく
飲んでいた。ちっこもシートで
しゃがんでしていた。

昔秋になるとよく三崎の方に釣りに
行った。その時海で拾ったから海子。
うちのようにたくさんだとひとり
ひとりをかわいがってやれないが
ここ10日くらい人の膝に乗りたがる
ようになり、抱っこしてやったら
ごろごろのどを鳴らしていた。

うみの立派な旅立ちを、空が美しく
準備してくれたような夕焼

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もう空の国に着いたかな。
仲良かったナナも頼りになる
めぐもいる。虹のたもとでなんか
待たないでまっすぐ昇るんだよ。
いつかまた、会おう、うみ


posted by ミチル at 23:49| 山梨 ☁| Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

ご無沙汰しました

長くブログをアップしないでご心配
おかけしました。12月23日から
1月12日までずっと実家にいた。

入院中だった父が危ないと電話が
来たのが23日の朝、飛んで行ったが
危機は去ってそれからはずっと実家に
泊って毎日母と病院に行っていた。

(ここからは記録として書くので
スルーしてくださってかまいません)
父は2015年秋胃と腸にがんが見つかり
高齢だったが腸の方は腸閉塞手前と
いうことで、胃の方もどうせ手術に
なるのだからということで全摘に
なった。転移もなく、12月半ばに
無事退院したがその後は認知もある
ため、食べたくないから食べないと
食事をとらせるのが本当に大変で
母が苦労した。

結局食べず痩せてしまい同時に体力も
なくなり、去年は一年間で誤嚥性の
肺炎を何度も起こして入退院の繰り返し
だった。さらに、認知症の薬が
どうしても水様便になってしまい
そちらの方も母が大変だった。
 11月にも誤嚥性肺炎で入院、ひと月
くらいで退院して、もう肺炎に
ならないように食事がとれるように
ヘルパーさんを頼んで食事の管理や
食べ方などできる限りの注意をして
いたのに退院して1週間後の12月8日
またしても誤嚥性肺炎で入院。

それも何とか抗生剤の点滴で回復し
どうしても誤嚥してしまうため
お昼ご飯の時(もうムース食)
病院の看護婦さんやお医者さん、
それに食事指導の人たちに囲まれる中
焦って食べてのどに詰まらせて
危うく窒息死。その日はちょうど
退院後のことで主治医との話もあり
もう歩くことも大変になっていたので
一月そうそうに、長期療養型病院か
老健に移るということで母も納得
していたばかり。大騒ぎになり
わたしと母は病室から出てその間
1時間くらいでリカバリー。でも
あちこち管だらけにされていた。
それでも翌日には管が何本か外されて
いたのでまた少しずつ回復するのかと
思っていたがそこが父の底つきだった
よう。

家族は延命は希望していなかったので
19日から父は脱水を補う程度の
点滴と、またしても肺炎になったので
抗生剤を数日間点滴していたが
もう食べられないのだから衰弱して
行くばかり。母とわたしは毎日病院で
父を見守ったが死ぬのを待っている
みたいで嫌だったので整体で習った
愉気を、父の冷たくなった足に
わたしは一生懸命した。父はずっと
意識はあり、来たよと言えば首を振る。
のどが渇いた?と聞くとうなずくので
看護婦さんを呼んで耳かきの大きいの
みたいので口の中を水やポカリで
何度もうるおしてもらった。
良い病院でもう何もできない父に、
少し前までお気に入りでずっと握って
いた呼び出しのマイクみたいなボタンを
看護婦さんがここにあるからねと
いつも父の手においてくれた。

それから2回ほど、帰宅してから
病院から電話があったがその都度
血圧や呼吸などの数値も平常に
戻っていた父。手も足も看護婦さんに
寝たままお湯で洗ってもらい年末には
髪も洗ってもらって、新年を迎える
ことができた。心拍は徐々に落ちて
来ていたがそれでも50くらいあった。
血圧も70〜120とか平常。

お正月あけて5日、いつものように
父のところから戻りしばらくしたら
病院から電話。心臓が止まりそうと。
慌てて飛んでいくと心拍数が20
くらいになっていた。顔色はもう
土気色。最後の時が来たんだなと
思った。そして母とわたしが見守る
なか、静かに父の心臓がとまった。
最初のころ、夜中の呼び出しはいや
だからねと言っていたのがちゃんと
わかっていたんだと思った。7時
45分くらいだった。

19日から絶飲食で18日目だった。
文字通りろうそくの火が消えるような
静かな最後だった。前日までは
意識もあり、呼びかけに対して
かすかに頭を動かしていた。5日は
手を握ってももう握り返せず
わたしは一生懸命父の冷たい足に
愉気をしたが指先がリズミカルに
動いたのでわかっているんだと思った。
それが父との最後のコンタクトだった。

たくさんの動物たちを看取ってきた
せいか、自分でも驚くほど冷静に
見送ることができた。父が行く時は
「パパ、立派だったよ、最後まで
自分で決めて行くんだね、こっちは
大丈夫だから安心してあちら側へ
行ってね」と声をかけた。今も涙が
出ない。

子供のころはおっかない父だった。
孫が生まれたことでわたしと父の
関係は変わりまた父の場合認知症が
優しく人にありがとうと言える
良いおじいさんにかえていた。
でもやせこけて骸骨みたいになった
父はベッドで寝ている姿も亡くなった
姿もわたしには別人にしか見えなかった。

ずっと食べられなかったのが11月の
入院から改善され出されたものは
完食するようになり、ハタチになった
ののこの写真もできあがって病室の
父に見せることもできた。あんなに
大変だった水様便も良くなっていた。
88歳、大往生だったと思う。

葬儀一切は父が口癖のように
必要ないと昔から言っていたので
家族だけで平服でだびに付した。
家にあってかっこだけで何もして
なかった仏壇も中の田舎の祖父母の
位牌も広島の仏壇屋さんに供養
処分を頼み、仏壇があったところに
父の遺骨を置き昔からお線香をたくと
臭いから消せという人だったので
良い音がする現代風のおりんだけ
買っておいた。これからわたしは
父が40年前に買い墓石だけ建てていた
お墓も墓じまいして両親の希望で
樹木葬を探す予定。まだまだきっと、
これからやることがたくさん出て
くるのだと思うが。

 12日久しぶりに帰宅すると猫たちは
クールだが犬たちは気が狂ったように
大騒ぎ。散歩に行ったり久しぶりに
織機をいじったりいつもの暮らしに
戻りつつある。父の気配は全くない
のでまっすぐあっちの世界に行った
のだと思う。

母もあきらめがついていたので
元気で何と一昨日iPhoneにした。
父がわたしのiPhoneが欲しくて
メモにスマホと書いてわたしに
買ってきてと何度も渡してたので
母が使えば父もうれしいだろう。
でも使いこなせるのかな(^^;)

そんなわけでわたしも母も元気なので
他ごとながらご安心ください。
なお、両親の強い意向でお花等、
お悔やみは辞退させてください。
生前はわたしの父のことを気にかけ
アドバイスくださったり心配して
くださったみなさん、どうもありがとう
ございました。父も今頃きっと
お礼を言っていると思います。
本当にありがとうございました。

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(2016年3月21日の写真)

posted by ミチル at 01:40| 山梨 ☁| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月06日

もずく慈恵院とコンサート

夕べはもずくを、もずくがうちで
5年暮らした和室の、いつも
もずくが乗っていたところに寝かせて
クーラーをつけて寝た。今朝も
朝から暑いので居間のクーラーを
つけてお昼頃、慈恵院に出発。

動物は亡くなることがわかるみたいで
亡くなる前にみんなに挨拶されていた。
亡くなってからはゆうべはグー君が
そばにいてくれたけど。

慈恵院は隅々まで気持ちがいい。

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うちの子たちはみんな合同だから
この下に遺骨の一部が埋葬させて
いるそうだ。

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そしてほとんどはこちらの竹林に
撒かれているそうだ。ここに
きたら急にてんちゃんの気配を
感じた。てんちゃんが迎えに来て
くれたのかな。

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視線を感じて朝、薄目をあけると
高いところからわたしを見下ろして
いたもずく。下から見上げると
特徴のある小さなおちょぼ口が
本当にかわいかった。

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もずく、もずく、一度でいいから
だっこしたかったよ。かわいい子、
さようなら。お前と暮らしたことを
わたしは死ぬまで忘れないよ。

帰りは中央道上り渋滞なので
下道を行くことに。わたしが運転。
4時ごろ帰宅。今日は夜出る用事が
あって、ばたばたと夕方の仕事を
終えて出かけた。これ↓

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子供のころから知ってる子がもう
24歳、小学校の先生になったそうだ。
その子が亡くなった友だちの娘さんの
ために海の声という歌を歌うというので
友だちが来られないかもしれないので
動画を撮っておこうと思ってでかけた、

そしたらちょうど第二部が始まった
時間にこられたのでよかった。
海の声という歌、歌詞を聞いていると
ほんとうにその子のことを歌ってる
ように聞こえた。

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ハンカチを持って行ってよかった。

明日はまた実家に行ってきます。
みなさん良い休日をお過ごし下さい♪
posted by ミチル at 23:38| 山梨 ☀| Comment(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

めぐ、慈恵院

今日はめぐを府中にある慈恵院に
連れていく日。わかってはいるが
なかなか腰が上がらない。めぐが
この家からいなくなるから。

お昼近くやっと準備にかかる。
買ってきた大きな段ボールを
ふたつつないでめぐが伸ばした
手足を折らなくても入るように
こーが作ってくれた。わたしたちが
いま着てる自分たちのにおいが
ついたTシャツをかけて、お散歩で
毎日あるいた道脇から咲いてる
お花をつんで入れた。

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白いテッポウユリは先週の金曜日
ここで写真を写したもの

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大きすぎて幅の狭い扉の玄関から
斜めにしてやっと出した。
銀花の柵にはとても入らないから
車に乗せてから銀花を下の道まで
下してお別れさせた。

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それから出発、、だったのだけど
思い立っていつも歩いてる
お散歩コース、少し先の時間が
ある時よく連れてった、見晴らしの
良いところまで車で回ってもらった。
涼しくなったらまた行こうと
思っていたのに。

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府中を過ぎても下りないので
聞いたらわたしの実家によって
ノノコにもお別れをさせるという。
実家についてノノコも母もお別れ。
一緒に連れて行ったいちごが
尋常でなく母とノノコに甘えていた。
わたしがいつになく泣いてばかり
いるからどれほど不安なのか
改めてかわいそうになった。

2時半ごろやっと慈恵院に到着。
めぐをまさか、こんなに早く
連れてくることになるとは
1週間前のわたしには想像さえ
できなかった。

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いつもうちは合同火葬なので
受付をして遺体安置所において
戻ってくるのだがわたしは以前から
めぐの場合、びびりで絶対ひとりで
おいて帰れない、だけどめぐだけ
個別ということはできないと思って
いた。今日がほんとうの試練だと
思っていたが駐車場について
台車をかりてめぐをおろしている
うちに涙がでなくなって陽気な
てんちゃんと能天気なゆりの気配に
包まれるような感じがしてきた。
そうか、お迎えに来てくれている
んだね。

めぐ、お前は死んでもわたしの
宝物だよ、めぐと暮らした11年は
わたしは本当に幸せだった。
ありがとうめぐ!また会おう!

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不思議なことにめぐの気配が
わたしの周辺から消えた。
きっと自分が死んだことが
わかったのだと思う。
今朝散歩のときなどずっと一緒に
いた。めぐは賢かったからもう
自分のいる世界がわかったのだと
思う。あとは残されたわたしたちが
大きなめぐのいない生活に早く
なれなくてはならない。

帰りは報告をかねてめぐが
お世話になった地元の獣医さん、
かぶくん先生に寄った。いちごも
そろそろブタクサのアレルギーが
出てきているので診てもらうことに。
 今日は知らないところに
連れていかれてしかも帰りは
獣医さん!?踏んだりけったりの
いちごちゃん

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連れ歩かれなれてないので
これからはどこにでも一緒に
連れて行ってやろうと思っている。
いちごをひとりで家におかないように
しようと思う。

めぐは帰宅して動物仏壇のなか
向かい側にはてんちゃんとゆりの
紙位牌がはってある。おとなりは
1月になくなった猫のちゃっく

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めぐ、こんなところにお前は
いないだろうね。まったく気配が
ないもの。きっと今頃お寺のお庭で
ゆりやてんちゃん、ちゃっぴ、
さたろにげんさん、懐かしいみんなと
再会を祝っているんだろうな。

めぐは明日8時に荼毘に付される
そうです。お心があれば一瞬でも
めぐのことを思ってやってください
みなさん、めぐを、わたしを支えて
下さってほんとうにありがとう
ございました。これからも変わらず
見守ってください。
posted by ミチル at 23:48| 山梨 ☁| Comment(8) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

走って行った

夕べから和室に入れてわたしの
横で寝かせるようにしためぐ、
10時ごろ外に出たいというので
バスタオルでおなかを持ち上げて
庭に出したらしゃがんで大量の
ちっこをしたが寝る時は念のため
おむつをつけて寝かせた。ほとんど
動けなくなっていたが1時過ぎ電気を
消してから何度も鳴いて必死で
動こうとしている。立たせようと
思っても立てないし、、、
そうしたら3時過ぎ3回目の時
ちょっとくさい。見たらおむつの中に
大量のうんちが出ていた。タール便。
すっかりきれいにしておむつを
外してやったら呼吸も静かになって
大人しく朝まで寝ていた。

8時前に起きたらめぐは寝かせて
いた蒲団からずれて大量のちっこを
していた。すぐきれいにして居間に
うつす。めぐ、だいじょうぶだよ、
おもらしなんか、誰だってする
んだからね

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ベッドの上だと下に下りたがるので
こーが下に寝かせた。今日は
ぽんちゃんがついている。ぽん
ちゃんは一番最初に犬になれた猫で
当時いたげんさんやゆりがあまりに
無防備なぽんにちょっかいを出すと
めぐが割って入ってぽんを守った。

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明日かぶくん先生はお休みなので
今日の分までしか点滴もないので
こーが仕事の前にもらいに行った。
今日の分はあるのでそのまま仕事に
行くはずだったのがお昼ごろ戻って
きた。こんな状態でも点滴を入れて
やった方が楽になるのと、あと、
痛みどめの注射を点滴に入れる用に
もらってきた。

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点滴を終えて1時ごろ。呼吸が荒く
ちょっとかわいそう。肺がんの方は
まださほど悪さをしていないそうで
貧血がひどい。めぐ、大好きだよ、
耳元で抱きしめて話をした。
まだ目でわたしを追う。

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2時ごろそれまで荒かった呼吸が
静かになり回数も減ってきた。
とても静かな呼吸になった。
心配になって何度も心臓を触って
みた。2時半ごろ電話があって
話し終えてまだおなかは動いている。
顔を近づけてもあいている目は
もうわたしを追わない。呼吸の回数が
減って外で銀花が鳴いたから牧草
入れてやらなくちゃと時計を見たら
3時、めぐの呼吸は止まった。
わたしはマンガのようにめぐに
抱き付いて泣いた。めぐ!めぐ!
死んだ!死んだ!!死んだ!!!

わたしの好きだっためぐの大きな
足、手、野山を駆け回って一度も
爪切りなんかしたことがなかった。
もう走らないめぐの手と足、
めぐ、めぐ!!!!!!!!!

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子どものころから絶えることなく
犬と暮らしてきたがめぐはわたしに
とって特別な犬だった。ちゃっぴも
さたろもゆりもてんちゃんもみんな
大切な犬だけどわたしが守るべき
存在だった。めぐはわたしと同列
上でも下でもなく、めぐがわたしを
守ろうとしていると感じることの
方が多かった。めぐはわたしの親友
だった。もういない。めぐは
もういない。死んでしまった。

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先週の火曜日の写真
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水曜日まではまったくいつも通り、
木曜日散歩から戻るとちょっと
元気がなかったが夕方には復活、
それが金曜日は夕方になっても
戻らないので慌てて地元の獣医さんに
駆け込んだ。めぐは文字通り
駆け足で空に昇って行ってしまった。

お願い
お電話は親しい犬友達の皆さんの
声を聞いたら涙しか出てこないので
当分出られません。
あといつものことですがお花はうちは
猫がいて飾る場所もなく、もし
お心があれば、お花のお金はめぐの
ように行き場のない子たちのお世話を
してくださっている団体やボラさんに
ご支援いただけないでしょうか。

放し飼いの秋田犬とさまよっていた
野良犬の間に生まれためぐも行き場の
ない子でした。わがままをお許し下さい

明日一日家において明後日菩提寺に
連れていきます。生前めぐに心を
寄せて見守ってくださったみなさま
どうもありがとうございました。
わたしは元気ですのでご心配なく。
明日からはめぐが伏せてからずっと
情緒不安定だったいちごの心のケアを
しっかりしてやります。

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ありがとうございました。
めぐより


posted by ミチル at 23:02| 山梨 ☔| Comment(10) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

てんちゃん慈恵院(2日のこと)

朝起きるとてんちゃんをはさんで
いちごとめぐが寝ていた。

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動物には別れの悲しみがあると
思う。てんちゃん、安らかな顔は
寝てるだけみたい。少し笑ってる
みたいにも見える。

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今日は慈恵院に連れて行かなくては
ならない。なんとなくぐずぐずして
しまう。でも今日なら家族揃って
行かれるからね。

さぁお別れだよ、てんちゃん
さようなら。

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いちごは座って固まってぴよぴよ
泣くばかり。だいじょうぶだよ
また必ず会えるもの。

車が好きだったてんちゃん。
病気が良くなったらドライブに
行こうと思ったのにもう自分で
乗れない。昨日買ってきた大きな
ダンボールに入ったてんちゃんを、
こーっとふたりで運び入れた。

つい先月の10日にちゃっくを
連れにきたばかり。府中の慈恵院は
東京にいた頃からそれこそ30年
近くお世話になっている。うちは
ずっと借家や借地暮らしなので
動物たちのお墓はお寺の合同供養で
お願いしている。合同供養は個別で
ないから遺骨は戻らないが永久供養
してくれるのでわたしたちが死んだ
後も安心。

http://www.jikeiin.jp/about/fuchuhonzan.html
何度か書いているがこのお寺に昔
一年間坐禅会に通ったことがある。
もう当時のお坊さん方も見かけなく
なりお寺も以前から比べるとすごく
大きくなって発展した。

受付にてんちゃんを運び入れ
手続きをしていたら小林さん?と
声をかけられた。事務の方でなんと
わたしたちのことを知っていると
いう。当時プレハブで坐禅会を
やっていたがその時入社したそうで
わたしたちのことを覚えていて
くださった。びっくり仰天!!

ちゃっくを連れてきた時のことも
ご存知でなんでも言ってくださいと
言っていただき、いろいろと便宜を
はかってくださった。ひとつに
お洋服が脱がせられなくて、、、
どうしようと思っていたら大丈夫
ですよと言っていただいて、いつも
てんちゃんが着てた服だからはさみで
切って脱がせるのは嫌だった。

てんちゃんはお散歩の時大好きな
やぶこきばかりしてるからいつも
腕の上の部分が擦り切れてしまう。
オーダーで作ってもらった思い出の
お洋服を着たまま、いつもの姿で
旅立たせることができて良かった。
その方はこれから何かあれば何でも
言ってくださいと名前を教えて
くださった。てんちゃんが起こした
3つ目の奇跡のような気がした。
(1つ目30日の夜半に急に食欲が
出てたくさん食べてくれたこと
2つ目自分で歩いて庭に出て
いつものようにめぐやいちごと
庭でちっこしたこと)

社務所で戒名を書いてもらう。
わたしはここでいつもてんちゃん、
テンちゃんと書いてきたけど
もとの飼い主の春さんが書いていた
甜で見送ることにした。

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てんちゃん、もうみんなのところに
ついたかな。お友達がたくさん
いるよ。春さんによろしく伝えて。

合同供養のお骨は供養塔には一部で
あとは竹林に散骨しているので
竹林に回ってお参りしてお寺を
後にした。
009.JPG
てんちゃんがいない寂しさは
じわじわ来る。良くも悪くも存在感の
大きな子だったから。
てんちゃん、寂しいよあの笑顔に
もう一度会いたいよ。てんのために
買った白内障の目薬が10本、
今日届いたんだよ(;_;)(;_;)
posted by ミチル at 00:48| 山梨 ☀| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月01日

さようならてんちゃん

夕べわたしが寝る頃(2時頃)また
下痢が出ておむつを2回変えた。
もうほとんど動けず目だけ動いて
いた。おむつをかえてお尻をきれいに
して、寒いので湯たんぽを2つ入れ
毛布を何枚もかけてわたしが
寝ている和室から顔が見えるように
して寝た。今朝起きた時まだ目だけ
時々しばしばして話をしている
ようだった。今日もぐーくんが
お見舞い。

001.JPG
時間を追うごとに衰弱していく。
深い底に沈んでいくように。
でも幸いなことに痛みなどはない
ようでとても静かに呼吸している。

とりあえず犬の散歩行かなくちゃ。
雪の中で嬉しそうだけど今日は
野原を出たらふたりとも家の方に
向かって歩くのでそのまま戻る。

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銀花だって散歩に行かれなくて
退屈してるからかまってやらなくちゃ
ならないし。

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てんちゃんは夕べから首が上に
伸びてしまい、時々口から茶色い
どろどろしたものを吐いていた。
それはもう吐くというより、
流れている。お尻からはもう出ない。


その液体は今度は鼻の穴からも
出てくるようになって下にしいてる
ペットシーツをしょっちゅうかえて
やらなくてはならないほど。
出てくるのは少しずつでも断続的に
出てくるから。体の中を掃除して
旅立つ準備をしているのだろう。

014.JPG
口の周りを何度もぬれタオルで
ふいてきれいにしていた。こーっが
ずっとてんをさわっていた。それまで
閉じていた目が開いた。でもきっと
何も見えていない。そうしてげぼっと
少し多めに吐いてゆっくりだった
呼吸が止まった。でもいつ行ったのか
ずっとそばにいたけどわからなかった。

とても静かな旅立ち。そうしたら
とたんに固まっていた首が柔らかく
なり、硬直したように伸びきっていた
手足も柔らかくなった。

昼寝してるようにしか見えない。

016.JPG
てんちゃん、お空に帰って行った
んだね。行くって決めたんだね。
(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)

てんちゃんがうちに来た日

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/112623735.html

空色の毛布を作ってもらった日
http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/112892193.html

てんちゃん、さようなら。叱って
ばかりいたけどもっとかわいがって
あげたらよかった(;_;)(;_;)(;_;)
ほんとうに良い子だったね。一昨日は
寝込んでから想定外に夜遅くあんなに
たくさん食べてわたしを喜ばせた。
昨日も寝返りもできないのに
立ち上がって犬ベッドに上がった。

夕方はいつものようにめぐといちごを
庭にちっこに出そうとしたら起きてきて
一緒に玄関のドアの前に来た時は
奇跡を見たようだった。開いてしまう
後ろ足を一生懸命踏ん張って大量に
ちっこして、すぐ入らないで
雪だらけのお庭を見回していたね。

かおちゃんが送ってくれた温灸も
しっかり体験できたし、もう
思い残すことがなくなったの?


お空の上はてんちゃんが大好き
だった春さんがいるでしょ。
寂しくないね。春さん、今日まで
てんちゃんを託してくれてありがとう
一緒に暮らした6年、ほんとに退屈
しない犬でした。てんちゃん、また
会おうね。さようなら。楽しかったよ

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あした慈恵院に連れて行きます。
いままでてんとわたしたちを応援し
見守ってくださったみなさま
どうもありがとうございました。
てんちゃんはりっぱに旅立ちました。

てんちゃんへお花はご存知のとおり
猫だらけで飾る場所がないし
遠慮させていただきます。

何よりてんちゃんはもともと保護犬で
不要になっておいていかれた犬です。
てんのような病気になっても十分に
治療してあげることも難しい
保護団体や個人ボラさんに、もし
お心があればてんちゃんへのお花の
つもりでご寄付していただけたらと
思います。その方がてんちゃんは
本望だと思います。

みなさん、ほんとうにどうも
ありがとうございましたm(_ _)m
これからもかわらずわたちたちを
見守ってください。
posted by ミチル at 23:18| 山梨 ☀| Comment(16) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月27日

めぐパパ弔問いきました

少し寝坊して8時過ぎ起きると
こーっが早起きしたらしく犬たちの
散歩はすんでいた。いちごが昨日
足を痛めたみたいで立ち上がる時
ひゃん!と鳴く。最初ムカデにでも
刺されたのかと思ったが後ろ足に
痛みがあるみたい。それでも散歩に
行けば普通に歩き、いつもどおり
なのだが寝ていて立ち上がる時に
痛いみたい。筋を違えたか。
様子を見てあまり痛がるようなら
明日獣医さん連れて行ってもらう。

犬の散歩は終わっているから銀花
散歩に出る。今日は良いお天気、
暑いくらい。もうメマトイが
湧いて目の周りに集まってきて
うっとうしい。銀花もだね。
緑が出てきて良かったね!

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たんぽぽが嬉しそうに咲いている
小さな蜂がかくれんぼをしていた

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帰りにまたちっこの臭をかいで
フレーメン(笑)

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帰宅するとわたしも汗びっしょり
4月にこんな暑くなるなんて
去年からだと思う。まだ桜が
咲いているというのに銀花は
初行水をした。

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風が少し冷たいからさっとかけて
毛の中まではぬれないようにして
汗コキでぬぐっておいた。

また隣の家の床下でグーくんが
鳴いている。玄関にまわると
待っていた。ご飯の用意をして
ドアをあけるともう待ちきれない
様子。

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ポリ袋にドライフードをふた握り
それにうにちゃんのお土産の
カルカンレトルトかちゃっく用の
モンプチを半分、ポリ袋に入れて
よく混ぜる。うちの猫たちの
倍を一度で食べるグーくん。
玄関の中で食べるようになると
いいなぁ。

午後はノノコの送りで出て帰りに
花屋さんに寄って小さなアレンジを
作ってもらってめぐのパパの
弔問に行ってきた。去年の6月頃
暑いのにだいぶ弱くなって足腰が
弱ったと言っていたので気になって
いたが暑い夏は乗り越えて今年の
3月5日、雪の後大雨が降った日に
旅立ったそうだ。外飼いで特別な
ことは何もせずに13歳と8ヶ月は
立派だったと思う。最後の1週間は
食欲が落ちて食べなくなったが
それでも散歩は行きたがり
よろよろしながらおじさんと行った
そうだ。寝たきりになったり
おもらししたりすることもなく
親孝行に旅立ったそうだ。でも
おじさんもおばさんも寂しそう。

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左は秋田の前にいたやはり秋田犬
めぐパパは右の子。めぐパパも
おじさんがおんぶして可愛がって
いたそうだが人になれずわたしも
道であってもとうとう一度もさわれ
なかった。放していたので野良との
間にめぐたちが生まれてしまい
めぐたちの写真をプリントして
見せたら以来二度と放さず
庭に60坪もあるドッグランを
作ってくれた。その少し先に古い
お墓があり秋田はそのお墓の真ん中に
眠っているそうだ。今頃は天国から
地上を見下ろしているのだろう。
ちなみに秋田、というのがめぐパパの
名前。こちらでは紀州犬だと紀州が
そのまま名前になっていたりする。

夜は久しぶりに絵を描いた。
いろいろ頼まれているのだが
こればかりは絵柄が浮かばないと
描けない。むしろ絵柄が降りて
来た時それをいかにイメージ通りに
捕まえるか、というところで
わたしは絵を描いている。
言い方を変えると一切の努力を
していない(笑)

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ラブばかり保護している友だち。
うち2頭はガンだそうだけど
このおうちの子たちはいつも
ほんとうにニコニコしている。
友達と犬たちと穏やかで優しい
時間が流れるように祈ってやまない。
posted by ミチル at 23:25| 山梨 ☀| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

げんさん訃報(長文失礼)

今朝、すてまる先生よりメールで
げんさんの訃報を知った。
げんさんがいつうちに来たのか
思い出している。銀花が来た時は
もういたから10年くらい前のこと
だろうか。

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当時父娘で合気道を習いに行って
いた。その先生がブリーダーも
やっていて「良い子がでないから
いらない」と貰い手を探していた
ので、当時義母をなくし寂しい
日々だった義父が引き取りたいと
いうのですぐ貰い受けた。もらいに
行ってそのまま義父の家に直行、
家の中に入れる前に少し歩かせようと
リードをつけて歩いたのだが、
歩けない。リードがからまって
どうしたらよいかわからなくて
立ち止まってしまうげん。。。。

生まれてから5年、一度も柵から
出してもらっていなかった。自称
ブリーダーのおっさんは運動場と
言っていたが生まれてから一度も
外を歩いたことがない犬だった。
とりあえず義父に引渡したのだが
翌日には義父がギブ。どこにでも
つきまとって何もできないと。。

それですぐ迎えに行ってうちの子に
したのだが何しろ何もかもが
はじめてのことばかり。当時うちは
気の良いシェルティのさたろ、
ちょっと神経質なおばあさんの
ちゃっぴ、能天気ゆり、まだ子どもの
いちご、そしてでかくなってきた
めぐがいた。メス犬たちには問題なく
仲良くできたのだがオス犬には
どうしてもだめ。人の良いさたろが
ニコニコしてよっていくと歯をむいて
うなりがぶっ!!!何度も仲裁に
入りわたしは何度も足をかじられた。

住宅事情もあり、何とかさたろと顔を
あわせないように部屋を割り当てて
そのうちすぐ山の家に引越しそこでは
悩んだ末、さたろとちゃっぴ老犬組を
庭に自由に出入りできる別室にして
げんをふくむ若犬たちをリビングに
おくことにした。それでもげんは
すきあれば人のご飯を狙う。何度も
めぐに叱られてもどうしても狙う。
ゆりといちごはよわっぴだったので
見てないとげんにご飯をとられてしまい
見かねためぐが叱り飛ばすのだが
げんの方は本気で反撃するので
血だらけになるのはいつもめぐだった。

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わたしに犬をきちんとしつける
能力もなく、信頼していた犬馬友達
にも相談、その友達に一言言われた
「この子虐待犬だよ」。。。。

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げんは悪くない。げんを利用する
だけの元の飼い主が悪い!!
げんが少しでも他の犬たちと同じ
ことができるようになった時は
家族は嬉しかった。なかなか川に
入れなかったげんが泳いだ時は
こちらまで嬉しくてみんなで川に
入ってげんと遊んだ。
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そんなこんなスリリングな犬ライフ
毎日ハラハラしたりドキドキしたり
ところがそんな2007年9月、台風で
うちは土砂災害にあってしまい、
たくさんの動物たちをおいて避難
なんかできずにいたらいつも
助けてもらっているステマル先生が
うちの動物たち、その頃介護が
始まっていたさたろはもちろん、
カラスのダイやインコのピッチも
全部預かって下さることになり
全員を2往復して都内の先生のお家に
連れて行った。げんを含む若犬たちは
二間続きの広いお部屋に住まわせて
もらい、ちゃっぴとさたろの老犬組は
古い和風のモダンな畳敷きの部屋に
住まわせてもらった。ご近所の方が
毎日散歩に連れ出して下さり、先生の
さすがの人脈で多くの方に犬も猫も
可愛がっていただいた。

若犬たちの部屋では相変わらず、
社会性がどうしても身につかない
げんが隙あらばゆりやいちごの
ご飯を狙いそのたびいつものように
めぐに叱られる。めぐは秋田ミックス
だから大きくて小さなげんを上から
押さえつけ顔の前でがうがう、
がうがう!!っと激しく吠える。
それを見ていたご近所の方が
この集団の中にげんがいることを
とても気の毒に思ってくださり里親を
申し出てくださった。最初は
ののこも絶対に嫌、げんだって
かわいいうちの家族だからと。
わたしたちは考えた。もっとも
ステマル先生は動物にとって悪い
ことは絶対にありえないから。
悩んだ末、里子に出すことにした。

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/58659396.html
めぐが怖くていつも伏し目がちに
暮らしていたげん、多頭飼育では
かわいそうなことはわたしたちが
一番わかっていたこと。新しい
おうちは一人っ子としてこれ以上
ないというほど大切にしてくださり
げんはおしゃれな都会のドッグカフェに
連れて行ってもらったり、箱根の
別荘に連れて行ってもらったり
ママがちょっとお買い物の時も
ひとりでお留守番すると泣いちゃう
からとペットホテルにあずけて
もらったりと田舎の山の犬から
一気にシティボーイになりいつも
かわいくトリミングもしてもらい
別犬のように愛らしい顔つきに
なっていった。会いに行った時↓

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/60552605.html

あれから何年たったのだろうか。
でもこれがなくなる一週間前の
写真???と思ってしまうほど
まるまるとして、老犬特有のがりがり
した感じもなく、顔もわたしたちが
知っているいたずらっ子のげん
そのもの。年をとると表情が乏しく
なるけどげんは幸せいっぱいで
からだは年をとっても心は子どもの
まま、優しいママに甘えることが
できたのだと思う。

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げん、良かったね、お前ほど幸せな
犬はいないよ。げん、うちに
おいてやれなかったけど結果的に
こんなに幸せになれたんだもの
ほんとうに良い犬人生だったね。
これからはお空の上からしっかり
ママをお守りするんだよ。
げん、まっすぐ天国へ登るんだよ

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posted by ミチル at 23:51| 山梨 ☁| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

秋の雨

朝からしとしと霧雨。真夏の暑い日
涼しい風が上がってきてちょうど
日陰を作ってくれた木の下で今日は
雨宿り。

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めぐのぶるぶる、ぶるるん
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霧が濃く見通しが悪かったので
最初バンダナと思ったけど今朝は
寒いくらいだったのでみんなに
お洋服を着せて行った。もちろん
どろんどろんですぐ洗濯機(笑)

今日のアケビ。こんなたくさん
でもみんな中身がない。銀花用。

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はい!でっかいの!
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銀花はかなり降ってきたので軽く
上に連れて行った。上ではまた
クリが落ちていて今度はクリを
食べた銀花だった。

部屋の中では、、

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白黒猫のぺは小さい子に優しい。
はーちゃんがそばにいたら
しつこいくらいグルーミング。
なのにはーちゃんったら、、

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ぺの尻尾手で押さえてかじってるし
(笑)

昨日の友達から送られてきた
写真。クロちゃんは早くも3階に
上がってお外を見学していたそう

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ヽ(*´∀`)ノ

先週の水曜日、訃報が入り心が
壊れた。まだ修復できないまま、
今日お花を持って行ってきた。
親しくしていた人だったので
やりきれない。信じられない。
元気な声が聞こえて来るし
振り向きざまの笑顔が見える。
なんでこんな早く死んじゃったの?
わたしにできることは何か、探して
みたい。(;_;)(;_;)(;_;)
この頃年をとって死別に弱い。
わたしの大事な友達たち、誰も
死なないでください、
お願いしますm(_ _)m
posted by ミチル at 00:09| 山梨 ☁| Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月13日

お別れと新しい出会いと

糞が詰まって日野のバードクリニックに
連れて行ったらがん宣告を受けて
闘病中だったインコのピッチ

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/258756664.html
http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/261099093.html
おそらく腸にがんができているため
整腸剤で糞を出やすくし、たまった
腹水もよく出るように利尿剤、それに
アガリスク粉末、栄養のある餌を
食べさせ小屋も小さくし床と側面に
ペットヒーター、周りをがっちり
暖かく覆ってとても元気になって
獣医さんにも前回は「顔いろが良く
なりましたね」と言われていた。
お薬のおかげで具合が悪いこともなく
まったくいつも通り食欲もあり元気に
過ごしていたのだが昨日ちょっと
猫背になっているなぁと思って夕方
もう一度見に行ったら止まり木がつかめ
なくなり、下でばたばたしていた。
すぐ手の中で温め1時間くらいしたら
ノノコの迎えの連絡。ばっちり保温して
でかけて帰って来てダメだろうなと
思ったら痙攣ぎみにばたばたしている。
かわいそうなことにこちらに連れてくる
ことができないので工房で手で温めて
母屋と行ったり来たりしていたのだが
10時過ぎ、見に行くと息を引き取って
いた。まるで寝ているみたい。
ピッチ、よく頑張ったね。長い間一緒に
暮らしたけど手がかからないから
あんまりかまってやらなかった。
ごめんね。(;_:)

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庭の花を摘んで箱に納め王さまが
慈恵院に連れて行った。ピッチの
相棒だったもう一羽は早く亡くなり
その子は山の家の裏に埋めたけど
天国についたらきっと会えるよね。

わたしは、月曜日行かれなかったので
実家へ。子猫たちの里親さんを探すのに
写真を写して来た。まだ小さい。
生まれたのは3月27日。6匹いたのに
10日に2匹死んでしまっていたそうだ。
やっぱり獣医さんに言われた通り
ノラの子は全部は育たないらしい。
まだ親から離せないけど目も開いて
ラボはもっと小さかったと思う。

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もらってもらえそうな方が1人いて
♂♀がわかればと言われたのだが
まだわからない。模様は3匹は似てて
少し色が濃いサバトラで背中のあたりは
少しアメショーが入っていそう。あと、
黒い子がひとり。

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まだおっぱいだものね。でも母曰く
トロ箱から出てきてうろうろする
ようになって庭にいるならいいけど
車庫から出て道に出たら事故に合うし
また近所から苦情が来たら困ると。
そりゃそうだ〜。本当なら最近やっと
法改正されたように8週齢までは親と
一緒におくのが良いに決まってるけど
そうなるとそうも言ってられなくなる。

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親も実家庭で生まれて育った。
生まれつき片耳がない。ノラだけど
割と穏やかで手を出してもふいたり
ひっかいたりはしない。親の方も
ちゃんとなつかせないとヒニンシウツが
できなくなったら大変!

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というわけでこの子猫たち欲しいひと
いませんか〜。どなたかいたら
よろしくお願いします!もんちゃんと
ノノコが一匹ずつもらってくれるので
残りあと一匹です。シウツ代二万まで
母が出すと言っています。
posted by ミチル at 00:21| 山梨 ☀| Comment(8) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

ゆり、慈恵院

ノノコが今日から塾だったので
送ってからゆりを慈恵院へ連れて
行った。ゆりを段ボールに寝かすのも
嫌だったけど王さまが大きな段ボールを
買ってきてくれたので上の部分を切って
短くして、今まで寝ていた毛布は
化繊なので木綿以外は低温で燃焼する
のに入れられないので、木綿の
バスタオルと、王さまがいつも着てる
木綿の厚いシャツをかけて寝かせた。
ゆり、息を引き取ったのが3日の未明
まる一日たっているのに全然硬直して
いない。関節も生きている時と同じ
ように曲がるし、お腹のあたりはまだ
ほんのり温かみもある。

めぐは会っているけどいちごと
てんちゃんにお別れをさせる。しかし
てんちゃんは何か恐ろしいようで
部屋の隅っこにぶっとんで行って
しまった。いちごも足踏みして
いつもと違う雰囲気にびびっている。
おいで、と呼んでゆりを見せてやると
ゆりといつも遊んでいたぽんちゃんと
らぼも寄って来た。その時いちごが
猫たちにがうっと怒った。いちご
なりに思うところがあった様子。

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それから庭にまわって銀花柵に入り
銀花にもお別れをさせてやる。銀花は
ゆりを見つけると犬たちの中でまず
ゆりに近寄っておでこ全体をゆりに
ぺた〜っとくっつけていた。犬たちの
中でゆりが一番好きだったと思う。

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うちは借家暮らし、良くて借地暮らし
なので動物たちはみんな慈恵院に
お世話になっている。もう何十匹
連れて行ってるかわからない。数も多く
貧乏暮しなので拾って3日後に死んで
しまった生まれたての赤ん坊猫たちも
何十年一緒に暮らした犬たちも
全員が個別火葬でなく、合同供養に
してもらっている。安置所にゆりを
連れて行っておいて帰って来る、
それだけが辛く涙があふれた。でも
大丈夫、ちゃっぴもさたろもみんな
ここにいるよ。

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今日朝の散歩の時、犬たちに
ゆりちゃんはどこ?と言ったら
犬たちが一斉にあたりをきょろきょろ
探した。銀花の散歩の時銀花にも
同じことを言ったら下げていた頭を
上げて周りを見ていた。ゆり、ゆり、
必ずまた会えるからわたしのこと
忘れないでね。
posted by ミチル at 22:40| 山梨 🌁| Comment(16) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする