2020年09月23日

よくがんばったね(22日のこと)

一昨日は食欲がなくてほとんど
口にしなかったんだけど昨日は
何度も食べたいと催促、もっとも
食べると言ってもほんのひとなめ
するだけなんだけど。何度も人の
膝に上がろうとして抱っこして
そのままTシャツの中に入れて
作業したりしていた。わたしの
シャツの中で襟からのぞくと
わたしを見上げて珍しくあのだみ声で
にゃぁ〜〜と鳴いていた。いつもは
行かないこーの膝にも上がりたがって
いたそう。夕べも寒いと思って何度も
湯たんぽを温めていつものかごの
中でちゃいと一緒に寝ていたよしこ。
今朝、寝たままの恰好でこと切れて
いた。よしこ、よく頑張った。
連絡したらかぶくん先生がお花を
送ってくださったよ

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よしこは13年8月5日に捕獲、
http://akiyamakoubou.seesaa.net/archives/20130805-1.html
人懐こい猫だった。すぐ獣医さんに
行って一通りの検診と避妊手術を
した。その時推定4歳、何度か
子どもを産んでいるといわれた。
孤高の猫で猫も犬も嫌いで近づけ
なかった。うちのような多頭で
ちょっとかわいそうだった。
今もよしこが誰かを怒ってる
声が耳に聞こえてくる💦

先月、一日でがっくり具合が
悪くなった時、ダメだろうと
わかっていたけど入院、治療
してもらい、一週間入院して
少しだけ元気になって帰ってきた。

http://akiyamakoubou.seesaa.net/archives/20200821-1.htm
退院後も週一で通院、点滴は毎日
していた。

実はそれ以前、膝の上にしつこく
来たがるよしこをわたしは何度も
おろしてだっこしてやらなかったので
このまま死んでしまったら嫌だった。
だからわたしのためにがんばって
今日まで生きていてくれたのかも。
たくさん抱っこして寒くなってからは
おなかの中にいれて作業していた。
よしこにありがとうを言いたい。

カリシで定期的にステロイドの
治療をしていたので1年すぎたこの春
検査てもらったところ腎臓が
ステージ3になっていた。らぼも
そうだった。らぼもよしこも
腎不全末期になり、食べられなく
なって力尽きた。でもいつもの
暮らしの中で旅立たせてやれて
良かった。

そんなこんなで気も滅入るし
こーを誘って久しぶりで山散歩。
空がすっかり秋、山の色も
変化してきていた。

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スカイツリーの見えるところまで
行くつもりがなんか工事してて
途中で引き返した。

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春からずっと樹海ばかりで
犬たち放してやらなかったから
れもとあーちゃんは嬉しそう。
いちごは乳母車で。

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銀花は今日もまた落ち柿をたくさん
食べられた。ヨカッタネー

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夜はシナノキの犬小箱を
仕上げた。

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怒涛のトートバッグも一段落で
やることないと困ると思ったら
ラブ飼いの友だちが注文して
くれたので良かった(;^_^A
posted by ミチル at 00:33| 山梨 ☁| Comment(1) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月27日

らぼもいきました(26日のこと)

腎臓が悪くなりがりがりになって
いたラボが今朝死んだ。

夕べは疲れて早寝して今朝は
割と早く起きた。その時寝ていた
かごの中で頭をあげたので
なでてやったらその30分後
くらいに死んだ。

ラボは9年前、庭で突然子猫の
大きな声が聞こえてきて
拾った猫だった。わたしは
久しぶりの子猫に困ったなぁと
思いつつ、ちょっとうれしくて
かわいいかわいいで育てた。
http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/208855922.html
そしたらやんちゃでやりたい放題の
猫に育った。うちで慣れていても
唯一爪切りができない猫だった。

めぐやゆりがいたころでらぼは
わざと犬たちの前に寝転がって
めぐに鼻先でころころされて
喜んでいた。ついこの間のことの
ように思い出す。

猫の腎不全はつらい。年取ったら
仕方ないけどまだ9歳だった。

徐々に食べられなくなり痩せて
ここひと月くらいはそれでも
人が何か食べていると食べたがる
のでソーセージや牛肉なども
味付けしたものをあげていたが
食べるのはほんの一口。

日増しに体力がなくなりいつもは
二階のお気に入りの場所があったが
二階にも上がれなくなりずっと
居間にいた。それも徐々に
動けなくなり椅子の上にも
乗れなくなっていた。

腎臓が悪いと常にむかむか
しているそうで見てても
食べたいのに食べられないのが
かわいそうだった。しばらく点滴は
したのだが途中からものすごく
嫌がるようになり暴れてかえって
体力も消耗してしまうのでやめた。

数日前のらぼ

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一昨日からほんの少しだけど
うんちもするようになって
ふらふらしながら猫トイレで
がんばっていた。昨日のらぼ

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今朝死んで、すぐもかわいそう
だと思ったけどこの暑さだし
今日こーが東京だったので
慈恵院へつれて行った

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カリシで定期的にステロイドを
注射していたので今、よしこも
腎不全ステージ4で猫は
ステロイドの影響が犬より出ない
そうだけどどうなんだろう。

わたしは気持ちが外に向かない
だけで元気なので他事ながら
ご心配には及びません。
いつもの暮らしをしています

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posted by ミチル at 02:19| 山梨 ☀| Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さようなら、ありがとう

21日午前零時、小林浩太朗君が
亡くなった。あまりに突然の
ことで信じられなかった。

今年に入ってからずっと体調を
崩していたそうだ。わたしたちには
わからない、浩太朗君は毎日が
死と背中合わせだったのだろう。

圭子さんからそんな話も聞いて
わたしは浩太朗君の作品が
初めて理解できた気がした。

整体協会で一緒になって6歳ごろから
知っていたが寝たきりでからだが
動かせない浩太朗君に意思があり、
わたしたちと変わらない感受性が
あることを知ったのが5年くらい
前だった。そのころ相次いで
犬たちを亡くし実父にがんが
見つかったり希望のない日を
送っていたわたしは浩太朗君の
ことは奇跡を目の当たりにした
みたいで一条の光が差したように
感じた。

その翌年だったか浩太朗君に
画材を届けに行って多分10年
ぶりくらいで会った時、覚えてる?
と聞いたら浩太朗君は大きな目で
わたしを見て声を出してくれた。
 絵や詩を書くようになって
すごくうれしかったこと、誰もが
わからないだろうと思っていた
全介助が必要な浩太朗君に、
浩太朗君は希望の光なんだよと
伝えたのを覚えている。

それから展示会があるたびに
出かけた。ついお盆休みも
見に行ったばかり。

昨日一昨日と葬儀に参列した。
浩太朗君はまるで笑っている
みたいだった。きっと自分が
力の続くかぎりやるべきことを
すべてやって自分を輝かせて
輝きの頂点の時あちら側へ行った
のだと思った。

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会場ロビーに展示されていた作品
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「木についている時は
枝にゆだね
木からはなれると
風にまかせ
地に落ちると
土と仲よくねむり
自然と人生を考えると
美しい姿で
おわりたい」


体調を崩していた7月に描いた
作品と詩

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「人生には地図などない
未来に向かってあゆむのみ
まっかにそまる空
光かがやく
ぼくのたましい」

未完成の絶筆

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8月25日に続きを描く予定
だったそうだ。

お盆に県立美術館で見た
浩太朗君の作品

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一昨年の秋、秋山の文化祭で
展示された浩太朗君の作品を
見に行った時

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浩太朗君は浩太朗君にしか
できない生き方をした。
これ以上できない生き方だった
と思う。お母さんの圭子さんも
ご家族も。残してくれたものは
大きい。

気持ちが行き場のないわたしに
友達がかけてくれた言葉が
ありがたかった。
(悲しみはいつまでも癒えないけど)
「毎日思い出すしかない」
(姿は見えなくなってしまったけど)
「一緒に生きていけますように」

浩太朗君ありがとう
わたしの心にも光をともして
くれた。

これからもずっと、一緒にいるよ

浩太朗君のサイト

http://www.kotaro-happy.jp/lp?fbclid=IwAR3rBhuV0qw-TuCv0eofs0VniyXFJK8524djdMPwpgFEkmEmZORdnaBqhQQ
posted by ミチル at 01:51| 山梨 ☀| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

きらだめでした(16日のこと)

めっちゃ強い室内野良猫として
君臨してきた和室のきら。
それがちょっと顔が傾くように
なり、食欲はありあとはいつも
通りだったので様子を見ていたが
耳垂れが出るようになりいつもの
かぶくん先生に相談して抗生剤を
出してもらったのが1月の終わりか
2月になってからだっただろうか。
薬を粉にしてチュールに混ぜて
食べさせて耳垂れはすぐに改善したが
薬をやめたらまた出てくるので
違う薬をだしてもらって投薬した。
 
そのうち咀嚼がおかしくなり
呑み込みがおかしく見えた。それも
先生に相談し、激やせして動きも
にぶくなったので捕まえて連れて
いった。先生に口の中を見てもらった
限りは炎症や歯肉炎もなかったが
のどの方にカリシができる場合も
あるそうでまたお薬が出た。
食欲が戻り自分から食べてくれる
ようになりほっとした。

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それがひと月くらい前。それでも
さらにやせて先週また連れて行った。
その時また薬が出て体重が増えない
ようなら次は検査しましょうという
ことになった。きらはこちらの部屋に
出てくるようになり台所でおいしい
ものがもらえるとわかって台所の
扉の前で待つようになってなんと
人の足にすりすりしたりごろごろと
のどを鳴らしてくれたことも。
居間でもすっかり慣れてみんなと
くっついて寝ていた。

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先週の土曜日までは自分から
食べたいと来ていたのが日曜日は
全然出てこない。きらのために組んだ
ゲージの湯たんぽの箱から一日
出てこず、チュールや栄養価の高い
レトルトをお皿においてやっても
食べていなかった。月曜また連れて
行くようだねと相談していた。
寝る時見ると湯たんぽを包んであった
布をめくって湯たんぽにあたって
いたのでもう一つ湯たんぽを入れて
やった時は久しぶりにしゃ〜〜〜っと
ふいて怒っていた。それが月曜
そのままの姿で死んでいた。
なんだかわからない。拾った時の
検査でエイズも陰性。ただよれよれに
痩せてしまっていたので丸一日
食べないというのは致命的だったと
思う。強食すればよかったのか、、、


わたしは昨日実家だったのでそのまま
連れて慈恵院に寄ることもできたけど
かわいそうでできなかった。
いつもは声をほとんど出さない
きょうだいねこのまーちゃんがずっと
鳴いている。遺体損壊犯のちゃげるが
出入りするので和室においてやれず
ダイしかいない子供部屋においたが
今日はわたしが戻ったので
和室においておいてやった。

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きらは実家の庭に増えすぎた野良猫の
ひとりだった。うちに来た日↓

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/228779931.html
2011年の秋だけどきらは中猫に
なっていたからこの年の春子だと
して、享年9歳か。

連れてきた日↓

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なんだかかわいそうな猫だった。
嫌いなニンゲンとの暮らしは
ストレスがたまっただろう。
あのまま庭に放してやれたら
きらはずっと幸せだっただろう。
なにもかも室内で暮らすことが
幸せとは限らない。仕事で東京の
こーが明日慈恵院に連れて行く。
さようならきら。自由になって
好きなところへ飛んでいくんだよ。
posted by ミチル at 01:15| 山梨 ☀| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月12日

ぴみ、慈恵院(10日のこと)

金曜日に死んでしまったぴみ。
いつもここでダイの卵ご飯
おねだりしてたね。ダイとも
お別れだよ。

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たまには居間に出してたけど
あんまりなじみがなかった
面々ともお別れして。

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こういう時犬たちはあーちゃんは
ほぼスルー。いちごは遠巻きに
おっかなびっくり。れもだけは
いつも弱ってる子や死んだ子に
近づいて離れようとしない

実家に行く途中でいつもの府中の
慈恵院へ。
https://www.jikeiin.jp/
ここはいつもお別れの
寂しい場所なんだけどたくさんの
魂に守られているのか悲しい
気持ちにならないから不思議。

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受付の女の子が丁寧な対応をして
くれてたくさん連れてきてるから
大丈夫ですと話してたらなんと、
昔縁があってこのお寺に一年間
座禅会に通っていたんだけど
いつかの座禅会で暗く寒い静寂の
部屋で不安そうに、泣きそうに
なりながら隣のお父さんを見たり
きょろきょろしていた三姉妹の
一人だそう。すごくけなげで
かわいかったのでよく覚えている。
先代の明春さんも亡くなり今は
その時の子どもたちのお父さんが
ご住職だそう。30年以上昔のこと。
懐かしい気持ちでいっぱいになった。

このお寺は以前は保護犬がいたり
今も境内のあちこちに保護猫がいて
大切にしてもらっている。うちでは
道で拾って死なせてしまった野兎も
インコも鶏もすべてここに連れて
来ている。もう60頭以上。
このお寺にかかわっていた獣医さんと
その側近の方?との人間関係が
ややこしくて嫌になって座禅会は
やめたけど今も昔も保護猫保護犬に
優しいお寺なので嬉しい。近かったら
また通いたいなぁ。

うちはいつも合同供養なので
遺骨の一部はここに納められている。

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お供えと、下は猫たちの
暖かそうな寝床になっていた。

納めきれなかった遺骨はこの
竹林に埋葬されている。いつも
ここに来ると歴代の犬たちが、
猫たちが走ってくるような気がする。

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子供部屋の猫トイレはまだ
そのままある。うちはこんな多頭で
誰かなくなっても普段はこういう
ことがないけど今回はぴみが1人で
使っていたトイレ、ご飯を置く場所
主がいなくなってしまったことが
実感できて切ない。たったひとりの
猫や犬を大切にしてて亡くなって
ずっとひきずるのはこういうことの
せいなのかも。それがわかって
よかった。

posted by ミチル at 01:02| 山梨 ☀| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月09日

ぴみ、またね(8日のこと)

寒いけどいいお天気だからお山に
しゅっぱつ♪♪今日は家の上の道

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このへんで標高が900くらい
だから寒いし雪もたくさん

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青空だったけど東の方は濁ってて
スカイツリーはかろうじて見える
くらいだった。

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道の続きの工事を今日はやってて
工事車両が降りてきたので道の
終わりまで行く予定が引き返した。
3キロくらいのお散歩。

夕べぴみが死んだ。ちょっと青天の
へきれき。。。確かに年取って
痩せてきてたけどわたしが水曜木曜
ご飯をあげた時はいつも通りだった。
いい💩もしてたしレトルトも
食べていた。何もさせてもらえず
死んでしまった。いま我が家には
要注意猫が3匹いてそちらにばかり
気をとられていたことも確かだけど
看取ることもできず夕べいつもの
こーのベッドで湯たんぽの上で
寝たまま死んでいた。それほど
穏やかにいったからよかったとは
思うけど何もしてやれなかった
のはちょっと切ない。

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いつもダイの小屋の前にいたのに
今は下の段ボールの中で寝てる。

ぴみは03年の11月に拾った
猫だった。悪魔のような近所の人に
寒い日の朝、川に投げ捨てられたの
だった。ものすごい絶叫にこーが
川に入って必死で岩にしがみつく
二匹を拾い上げた。一緒に拾った子は
早く死んでしまったが残された
ぴみはほかの猫との相性もあり
この家に来てからはずっと老猫と
子供部屋で暮らしていた。その子
たちもなくなりその後はダイと一緒に
仲良く暮らしていた。

拾ったころのぴみ↓こんな大きく
なっても哺乳瓶でミルクをあげると
兄弟のマコと取り合いになっていた

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ついこの間のぴみ。ダイにごはんを
あげると自分も欲しがって食べない
くせに納豆ご飯をおねだりしたり
まだまだ元気でいてくれると
わたしは思っていたのに。。。

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こんな想定外のことも珍しい。
飼い主が予想も心構えもする前に
死んでしまった。これはこれで
良い死に方なのだろう。
そばについて看取ってやることは
できなかったけど寒空の下誰の気配も
ないところで死なせなくてよかった。

普段保護という言葉は自分では
違和感があり使わないのだが
保護という言葉を使ってよいなら
看取ることだと思っている。
だからめそめそしたり一切しない。
ぴみ、またいつか会おう。きっと
また会える。

posted by ミチル at 01:39| 山梨 ☁| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月25日

大好きな友だち(24日のこと)

雲が斜め横一直線の朝
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気温が上がりミンミンゼミの
声がする

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あーちゃんは乗ってるだけなら
大丈夫、でも動き出したら
あわてて飛び降りる

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その点れもはこの笑顔↓
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今日もトラックがたくさん通る。
運転してるおじさんたちは
もう7~8年前にリニア工事で
毎日通っていたおじさんたちが
何人もいてみんな車をとめて
声をかけてくれる。あの頃は
フリーでお散歩行ってためぐが
いたからわたしは聞き耳をたてて
音が聞こえてきたらあわててめぐを
呼び戻してスワレさせていた。今は
みんなリードだけど道のはじに
寄ってスワレで固定させておじさん
たちの迷惑にならないように気を
つけている。

銀花は上に行こうか。春先の
ヤシャブシ拾いで植木ばさみを
持って行って下草をかなり切った
からこの季節でも入れる。

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ヤマハッカ、ヒガンバナ、
バアソブ

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やっぱり電話していちごの薬を
もらいに行ってきた。まだ外に
出ると赤くなるし痒がる。ブタクサ、
カナムグラ、ススキもまだまだ全盛

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午後から工房。少しだけ織りはじめ。
夕暮れが早くなって5時過ぎには
切り上げる。

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昨日友だちの訃報が入った。
ネット上の友だちだったけど
大好きな人だった。友だちからは
優しい気持ちと、泣いている人の
隣に静かに寄り添うことを教わった。
人でも犬でも。友だちはいつも
そうしていた。笑顔で送って
ほしいと願っている。
だからわたしは泣かない。

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posted by ミチル at 00:38| 山梨 ☁| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月17日

毎日よく降る(16日のこと)

小雨になったところで出たけど
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植林地のあたりでざーざー降り
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いそいでかえろう

銀花はざんねん

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うちは相変わらず。掃除しても
変わらないし(笑)でも相変わらずが
いちばん幸せだと思う

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少し外が明るくなったかな
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お昼くらいから買い物と用足し。
いつものお友だちのところに寄って
戻ると3時近く。それから工房。

ここ数日毎日のように連絡してた
友だちの愛犬が午前中亡くなった。
普段から健康管理はばっちりしてる
友だちだったけど予後の悪い難しい
病気に、本当に急になってしまい
友だちは愛も手も尽くしたが
勝てなかった。きかん坊でたまに
行くとわんわん吠えて触らせないのに
帰る頃にはぺたこんしてくれた。
 一進一退だったのが今朝急変した
そうで友だちが迎えに行くのを待って
家に連れ帰る途中息を引き取った
という。ずっと意識もあり最後に
じっと彼女を見つめたのだそう。
 生きた時間の長い短いは何を
言っても無念だろうが友だちに
お世話をさせてくれて最後も
ちゃんと友だちを待って挨拶して
向こう側へ旅立ったのだ。犬は
ちゃんとわかっている。なんて
親孝行な子だったんだろうと
改めて思う。命を迎えたらお別れは
その時点で覚悟の上。そうは
わかっていてもわたしまで
悲しくてやりきれない。

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さようならブン太、またきっと
会える。
posted by ミチル at 00:41| 山梨 ☔| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月17日

あちこち用足し(16日のこと)

朝から青空。でも予報では午後
雪マークが出ていた。遠くの
重機は野原の産廃を片付けていた。
朝から重低音が響いている。

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れもは途中で空き缶を拾い、
かじって中身をなめていた(-_-;)
カフェオレがお好みらしい(笑)

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途中でいつもすれ違うガードマン
さんたち、犬たちにチュールを
食べさせてくれた。犬用のちゅーる
出るのも知らなかった。犬たちも
猫たちと違わずチュールをめぐり
熾烈な争い、とてもジュンバン
なんか守れない。飼い主ハズカシイ
(´-∀-`;)

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ごちそうさまでした〜〜♪♪

銀花はフケもおさまり道に降りたら
いつも散歩してるなじみのおじさんと
遭遇、しばらく立ち話してると
いらっとしていたが長い時間
いい子にしていた。道にはもう
草がないから庭に戻って少しばかりの
青草をおいしそうに食べていた

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たまった用事があってあちこち
出かける。jマートにも行ったので
れもも同伴。相変わらず緊張で
いっぱい(笑)(笑)

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それでも見知らぬ人に声をかけて
もらいなでてもらってよかった。
帰りはご褒美にジャンボフランク
買ってあげたけど遠慮がちに
ちみちみ食べるのは、何度見ても
笑える

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帰宅して3時ごろから工房。
大きな方は思いついた絵柄を
織っている。次は枝からもいだ
葉つきりんごを織ることにした

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だけど青いりんごだな〜〜(^^;)
日が伸びて5時過ぎまで工房に
いた。暗くなってから母屋に
戻るとぱらぱらと音がして少し
降ってきた。すぐ止んだから
ほんとうによかった。

夜はまたパンを焼いた。山梨県産の
かいほのか、なかなかいいぞ〜♪

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明日の朝食べよ(*´ω`*)

小さな木彫も仕上げた。もう
ここから先の仕上げがいつも
きりがなくなってしまう。
何をやっても完成度が低い(笑)

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だから次のを作ろうという
気持が湧くんだけど(^^ゞ

実家の庭にいつもいた野良猫
家にひと月もおいた平行耳の
ふーたも来なくなって久しい。
でかいサバ虎で野良猫になれてる
獣医さんも手をやいたおっさん猫、
去勢手術の後庭に放したら
わたしの車に脱糞しながら
ぶっとんで逃げたひときわでかい
おっさんも半年くらい前に死んだ。
そしてこのところ痩せてきたねと
話をしてたミミナシも先週の
金曜日死んだ。耳の治療を
してたのがもう6年以上前だから

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/269139253.html
少なくとも7年以上は生きたから
野良の寿命を考えると長生きだったと
思うけどやっぱり寂しい。

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この写真はなくなる数日前とのこと。
母が気をつけて栄養のあるものを
あげていたけどほとんど食べなく
なっていたという。最後は縁側の
猫ハウスの中でぐったりしてたのを
ノノコが見つけて部屋に入れて
部屋の中でみとってやったそうだ。
7年くらい前に思い切って大捕り物を
やって次々TNRしたのであれ以来
庭に来る猫は増えてはいない。
でも長く来てた子がいなくなる
のはやっぱり寂しいものだ。
次に生まれてくるときは野良猫に
生まれませんように。猫の神様に
お願いした。
posted by ミチル at 01:25| 山梨 ☁| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月24日

さよならみー太郎(14日のこと)

土曜日ステマル先生やウニちゃんが
来てにぎやかな中、あちらの
世界に移動途中だったみーた。
夜中の一時ごろ呼吸が止まったと
思っていたのだがわたしが寝る時
からだの位置がずれているので
またちゃげるが引っ張ったかなと
直してやろうとしたらかすかに
頭を動かした。まだ生きてる!!
すぐ口にレスキューを一滴垂らして
そのまま暖かくして寝かせて
やった。そして翌朝7時半こーが
起きた時はもう魂は出て行った
あとだった。

穏やかで他の猫とけんかすることも
一度もなかったみー太郎。
当時小学4年か5年だった近所の
女の子が廃校になった小学校の
ニワトリ小屋に子猫をかくまっている
というので見に行って3匹つれて
来て二匹は知り合いに引き取られ
みーたは家に残った。小さいころは
やんちゃで寝てる人の足に思い切り
かみついたりカーテンレールに
上がってカーテンを落としたり
わんぱくだったが成長とともに
穏やかな猫になった。洋猫が
入っていたのかどんどん成長して
最盛期には8sにもなっていた。

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05~6年ごろ おいてあるのは
36pの定規

そんなみーたもここ数年たべても
肥らなくなり毛並みも悪くなり
犬の冬毛みたいにぼこぼこ浮いて
引っ張るとぼそっとぬけたり
目も犬の老犬みたいに瞳孔が大きく
黒目勝ちになっていた。

考えたらみー太郎を鶏小屋に
かくまって守ってくれた女の子も
今は3児のお母さん。動物の命は
短い。

いつもくっついてたちゃげる

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はーちゃんもお別れ
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このふたりがいつまでも離れない
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日曜日、わたしは実家行きを少し
早めに出て府中の慈恵院へみーたを
連れて行った。先月はつるくんを
連れてきたばかり。去年からうちは
猫たちの看取りの子が多い。
でもちゃんと送ってやれて本当に
よかった。わたしたちが先に死んだり
災害などあって1人で死なせなくて
よかったといつも思う。

夕暮れの慈恵院はなんだかちょっと
さびしい。

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いつものように竹林の方にも
お参りした。先日ステマル先生と
息子さんに聞いたのだけどお骨は
焼いてあると経年ののち最後は水に
なってしまうのだそう。
焼いてないとならないそう。
最後は何もなくなるのか、と
わかったらなんだかホッとした。

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みー太郎、つる君がすぐ
迎えに来たと思う。ふたりは
いつもペアでほかの猫たちを
入れない台所の床で特別食
食べてきた仲だったからね。
先週みーたに買ってきた
レトルトが寂しくまだ、残って
いる。
posted by ミチル at 00:30| 山梨 ☁| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月14日

つる君慈恵院(13日のこと)

今日はつる君を慈恵院に連れて
行く日。いつものように生意気な
れもだけ一緒に行くことに。

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今日は珍しくすいている。
つる君、よくがんばったね、
そしてわたしの気持ちを汲んで
くれてありがとうね。また
必ず会える。

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ふわっとみんなの気配を感じる。
てんちゃんもたけしも、もちろん
めぐも。みんなでつる君をちゃんと
お空の国に連れて行って。

うちは合同供養なので墓所の
奥にある合同供養塔にいつものように
お花とお線香を供える。

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そしてまたいつものように
竹林の方へお参りしてから
帰って来た。

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もう何匹うちの動物たちが
眠っているのかたぶん、70匹
くらいだろう。受付で名前を言うと
いつもお宅の台帳はすごい分厚い
ですよ!と言われる。東京時代から
だからもう30年以上お世話に
なってる。その間持ち家がなかった
ということだけどここで合同葬にして
もらうと永代供養になるので
わたしたちが死んだ後も安心だ。

いつもいつもつる君がご飯を
少しでも食べたかどうかでわたしの
一日は始まり終わった。なんだか
気が抜けたけどまだまだ老猫は
何匹もいるからこれからも
自分ができるだけのことは
してやらなくてはと思う。

みんなうちの子で幸せだったねと
言ってくれるけどそんなことは
全然ない。たくさんいて愛情は
薄まるし医療だって大金は
かけてやれない。うちでは無理とか
飼えませんとか言ってる人たちの
1人でも捨て猫や捨て犬を飼って
くれるようになればいいのにと
いつも思う。猫だって犬だって
こんなわけわからないくらいいる
狭い中で暮らすよりたった一匹で
家族の愛情を独り占めできた方が
幸せに決まってるじゃないか。

さよならつる君。
虹のたもとでなんか待たなくて
いいからまっすぐお空の国に
登るんだよ。みんなに会ったら
よろしく伝えて。
posted by ミチル at 00:07| 山梨 ☁| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月13日

つる君が行きました(12日のこと)

夕べはほんとに寒くてさすがに
タオルケットを一枚出して寝た。
寒くなるといつも以上に猫たちが
来るから重たくて寝返りがうてず
朝起きるとぐったり疲れている
(^^;)

そして今朝も霧雨の中。このくらい
涼しいとさすがのデブミチルも
汗が出ない。山も何となく秋っぽい

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犬たちの後ろにススキとクズの
ピンクの花

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こちらは夏の花、ムクゲ
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今日も落ち柿狙い
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柿狙いは銀花だけじゃない
これはなに蜂なんだろう

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スズメバチみたいな縞々だけど
そんなに大きくない。ロバの銀花は
熟して道に落ちた柿しか食べない
のに、蜂の方が柿泥棒だね

今朝はつる君が出てこない。
二階にもいない。いそうな場所を
探したら棚の上の猫トンネルの中で
寝てる。というか昏睡状態で
呼吸がおかしい。すぐおろして
寝かせる。昨日の夜はいつものように
夜ご飯をせがんで少しだけは食べて
くれて寝る時も温かくしてやって
箱に入って寝ていた。こんな急に
来るなんて。。



いつもの場所にそっと寝かせてやる。
昏睡状態だけどなでてやると
手をうごかす。軟便が出ている
のできれいにしてやっていつもは
いやがるので絶対さわらないように
していた目ヤニもとって鼻も
そうっとふいてやった。そして
ちょびっとあいてる口にレスキューを
一滴だけ垂らしてやった。

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夕べまでのことを思うと余りに急変
だったけいつもの暮らしの中で送って
やりたい、というわたしの気持ちを
まるでわかっていたみたい。
そして自壊して痛みが出て食べる
こともできなくなってきたら
安楽死も考えなくてはいけないと
思っていたことも。。。

不安定になっていた呼吸が間隔が
開くようになり、わからないほど
静かに旅立った。3時ごろだった

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しばらくはこのままおいてやろうと
思ったらいつもはナマケモノ的な
動きのちゃげるが二度もつるくんを
くわえて持ち去ろうとしていた。
でも玄関に出すのはかわいそう
だったので穏やかなぴみが一人で
暮らしてる子ども部屋の窓際に
安置した。

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つるくんは今見たら2007年に
拾った猫だった。

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/49522327.html
土砂災害で長くすてまる先生に
預かっていただいた時、つる君が
弱いと先生に言われたことがある。
全身ノミだらけで拾い栄養失調も
あったと思う。ごろごろすりよって
のどはならすけどだっこは嫌い。
カケションもけんかもすることなく
手のかからない子だったが、今年
3月、口中に扁平上皮癌との診断で
口の中なので手術はできず
これからはおいしいものをたくさん
食べさせてあげてと言われていた

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/457935382.html
今日までよくがんばってくれたと
思う。がんが自壊したり痛みが
出たらどうしようかと思っていた。
治る見込みのない病気で。でも
つる君の命をここで断ったら
つる君は納得できるんだろうかと
毎日自問していた。動物は
自分の病気に対して未来の不安も
悲観もしない。ただただ今を
生きてるから。それを悲観がる
のは人であってつい動物に投影
してしまうけど本当はかわいそう
でもなんでもなくつる君は今を
自分なりに普通に生きていたのだ。

幸い夕べまでは自分から食べて
いてくれたのがすくい。口の中を
気にはするが痛がってはいなかった
から。わたしはいつも動物を
送って後悔がないことは一度もない。
それは多分動物を飼ってどれほど
世話をしてみとった人も同じだろう。

だけどたったひとつだけ、絶対に
よかったと思っていることがある。
自分が先に死なずに看取って
やれたということ。

動物を保護するということの
究極は看取ることだと思うから。
ペットショップやブリーダーで
生ませた犬猫に関しては知らないが
わたしはこれでひとつ責任が
果たせたように思うようにしている。

今までつる君を応援してくれた
皆さんどうもありがとうございました
空の国には猫仲間もたくさんいるし
たよりになるめぐがいるから
迷うことなく今頃みんなに会えて
いるかなと思います。あした
慈恵院につれていきます

ゆうべのつる君。昨日も貼った
写真だけどまさか今日死んじゃう
なんて。。。

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posted by ミチル at 00:31| 山梨 ☁| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

ろっちゃん慈恵院(17日のこと)

今日は水曜日亡くなった猫の
ろっちゃんを慈恵院に連れて
行く日。おとなしくて
手のかからない子だった
ろっちゃんとは里の家の頃から
14年ともに暮らした。
14年前、こーがお絵かきで
行ってる幼稚園に数日前から
現れて今日保健所を呼ぶと
園長先生が言っていたと
こーが連れてきた猫だった。

みんなとお別れ。開き始めた
玄関わきのの水仙と子ども部屋で
ろが眺めていた裏庭の梅を
入れてやった。

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れもは連れて行くことに。
れもははじめて来た慈恵院
変なところが賢いから
ここにみんながいることが
わかったかもしれない。

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いつものようにうちは合同葬
みんなの遺骨の一部がここに

そしてたくさんの遺骨はこちらに
まくそうだ。

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ゆりやてんちゃん、ちゃっぴも
さたろも、もちろんめぐも
きっとれものまわりをくんくん
してただろう。

明るいうちに帰宅したので
花粉でコーティングされた
車を洗った。それから夜は
犬たちも洗ったので疲れた。
でもわたしよりもっとぐったり
してるのは犬たち(笑)

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あしたはまた実家に行ってきます。

posted by ミチル at 00:27| 山梨 ☀| Comment(7) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月15日

ろっちゃんも逝きました(14日のこと)

東京で仕事のこーが慈恵院に
連れて行く前に、みんなで
お別れ。一昨日亡くなった
ぴーたん。享年11歳だった。

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/22129750.html
ぽぺぴ連を拾った日↑
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のぞき込んでる黒猫が兄弟猫の
ぽんちゃん。この子だけは
ぺやぴーのような体系ではなく
今でも大きくて肥っている。
ぺもぴも数年前から食べても
痩せてきて案の定腎臓が悪く
なってきていたがぽんはそんな
様子もなく堂々たる体躯。
同じ兄弟なのに。

ぴーたを送ってすぐなのに
今度はろがどうもあぶなそう。
昨日からまったく何も口にせず。
ろは今年15歳なのでたまに点滴
はしたが少しでも食べてくれて
いたので見守っていたが
いよいよよろよろになって来た。
暖かいから日向ぼっこしようね

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ほとんど寝ているがなでてやると
小さくのどをならしてくれる

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老衰で行く時はちゃんと
自分から食べなくなって
少しずつ衰えていく。今日は
どこにも行かず、もちろん
工房にも行かずずっとそばに
いたのだがずっと意識はあり
からだも自分で動かしていた。
それが11時近く、首が伸びて
意識混濁。抱っこしてなでて
わたしの腕の中で最後に大きく
呼吸をして11時ごろ静かに
息を引き取った。父の最後を
思い出した。

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ろまんは2003年に拾ったから
今年15歳になる猫だった。

http://www.ne.jp/asahi/akiyama/koubou/neko2.html
大人しい子で悪猫たちと分けて
子ども部屋で故・海と、ぴみと
3人で暮らしていたがここ数日
ずっと居間にいた。去年わたしが
父のことでずっと実家にいた時
よろつくということで一度
入院していろいろ検査したが
特に異常はなく食欲が戻ったので
退院し、その後食は細かったが
元気に暮らしていた。甘えん坊
だったけど子ども部屋にいたので
あんまりかまってやれなかったのが
心残り。うちみたいにたくさん
いると、愛情をかけてやれない。
猫の保護してる友だちの言場
「家の猫を毎日抱っこして
あげてますか」それができない
現状が切ない。

posted by ミチル at 00:25| 山梨 | Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

がんばったぴーたん(13日のこと)

日曜の夜から実家に行っていた。
腎臓病末期だったぴーたん、
まだご飯は自分から少しでも
口をつけてくれていた。

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それが昨日連絡でもう寝たきりと
、、、、、わたしは今日帰宅
なので何とか持ってくれたらと
思っていた。

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普段はきげんが悪いと猫にも
うなるれもが寝たきりになった
ぴーにずっと付き添っていたそう。
そして間もなく亡くなった
連絡がきた。

看取ってやれなかったけど
もう無理と退院してから3か月
がんばって生きていてくれた。
自分から食べる意欲を最後まで
見せてくれてよいこのぴーは
最後まで親孝行だった。

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水に溶かしても良いという
獣医さんにある高カロリー
ちゅーる、買ってきたけど
食べさせてやれなかった。
でもお空には一足先に行った
仲良し兄弟のぺもいるから寂しく
ないね。

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/455888945.html
3匹揃って捨てられていて
ぺもぴも大きくならず同じ時期に
痩せ始めた。同じ兄弟でも
黒猫のぽんただけはでかくて今も
ころころしてる。二人の分も
長生きさせてやりたい。

今日は東京の保護系に先生に
検査入院だったつる君を迎えに
行ってそのまま山に帰って来た。

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随分前に歯はほとんど抜歯して
いたが1週間くらい前から口を
気にするようになっていたので
またカリシかなと連れて行ったが
鎮静かけて検査の結果歯の根っこは
なく、扁平上皮癌。口の中なので
手術で取り除くことは不可能。
幸い食欲はあるので炎症が治まる
投薬と白血球が下がったら
ステロイドの注射、対処療法で
見守ってやるしかない。この
食欲が長く続いて痛みが
でませんように。。

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去年からヒトを含めどうやら
我が家は看取りの時期に入っている。
1月の父から始まり夏には海が、

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/453424916.html
10月には義父、そして年末には
ぺが、たけしも先月亡くなった
ばかり

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/456718056.html
たくさんいるからこういう時期が
数年ごとにある。

そしてろっちゃんももう自分から
食べることをやめてしまった。
高カロリーちゅーるに少しでも
口をつけてくれたらと思うが
ろっちゃんの人生だから無理やり
生を引き延ばすことはしたくない。
ろが好きなだけ生きて好きな時
行けばいい。わたしはちゃんと
見守るから

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posted by ミチル at 00:22| 山梨 ☀| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月07日

たけしが逝きました(6日のこと)

家の周辺はまだ雪がどっさり。
下の県道などほとんど雪がない
のに、この通り。別世界のよう

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向かいの山は雪がないぞ!
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ここは県道を挟み、うちと
逆側は日当たりが良い。
そして昔からの地元の人の
集落は向かい側が多い。そして
別荘はこちら側に密集。
 随分昔廃屋探しの秘訣は
冬場に行くことと教わったことが
あるけど今になるとよくわかる

銀花は行かれないので時間が
できたのでちょっとれもを
連れ出した。今年は少しれもの
ためだけの時間を作って
かつてめぐとしたように
トレーニングをしようと思う。
思い出さなくちゃ、めぐとわたしの
トレーニングしたことを

http://www.ne.jp/asahi/akiyama/koubou/treaning.html

うちの犬のルールは最低限で
「人をかじらなければいい」
(笑)それでもまだたまに気に
食わないことがあると突然
あーちゃんをかじるし猫にも
唸ることが多いれも。とりあえず
呼び戻し、スワレとマテをめぐの
ようにしっかり固定できれば
防げることがたくさんあるから。
明らかにいつもと違う対応に
ちょっと顔つきが違う(笑)

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道のりは長いけどがんばろう

そして午後から工房。犬たち
今日のぽじしょん↓

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今日はコヨーテの親子と
天使を一人織れた

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日が伸びて4時半になっても
明るい。銀花の柵につらら

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11月ごろから2度の入院でも
数値が戻らず家で点滴生活を
送っていたたけしが旅立った。
12月のころのたけし↓

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2000年に義父がノノコにと
公園で拾ってきて義母に叱られて
二階に隠していてくれた猫だった
(笑)義母も義父もなくなり
たけしも逝った。わたしの希望は
人から不要とされて家に来た
子たちを看取ることだから
冷たいかもしれないけど涙が
出ない。先週戻った時少し
呼吸がぜろぜろしてたので
肺にも異常があるのかなと
思ったが苦しい素振りもなく
またいろいろ検査もかわいそう
なので何もしなかった。あきらめた
治療からひと月以上家でのんびり
過ごさせてやれたから良かった
と思っている。

昨日も点滴をしてモンプチを
3分の1くらい自分で食べて
暖かいハウスを置いてやったら
少しだけ入っていたけどまた
いつもの猫通路の隅っこの
お気に入りの場所に上がった。
 がりがりにもなっていなくて
少し毛並みが悪かったので昨日も
ブラシかけをして見た目は全然
よれよれになっていなくて
抱っこしても軽くなった感じも
なかった。まさか今日死んじゃう
なんて。

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お世話になったかぶくん先生に
連絡したら夕方お花が届いて
びっくり。めぐの時も送って
くださって恐縮。たけし、
お空の上はみんないるでしょ
まっすぐに昇るんだよ。
またいつか、会おう。
posted by ミチル at 01:21| 山梨 ☀| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

いってしまったぺ(30日のこと)

今朝も寒い朝、落ち葉がまるで
てんぷら↓

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青空はくっきり
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さすがに晦日だからか里の方も
しずか。いつもなら車の往来の
音が聞こえるが今日は全くの静寂
銀花はさすがに青草がなく
笹を食べていた

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こーは居間の壁のあちこち
張ってあるペットシーツの交換
お手伝い志望らしいはーちゃん↓

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わたしは一昨日からやろうと
思ってできずにいた車の掃除。
この前は確か夏だったかな〜〜
一年間無事故で乗せてくれて
ありがとうと声に出してお礼を
言った。だって本当だもの。

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犬は乗せるし銀花のぼろ捨てに
使うしどうせまたすぐ汚く
なるんだけどね。

掃除を終えて3時ごろ、携帯が
なった。ぺが入院してるくるみ
先生から。もちろん良くない
知らせだった。でもすごくすごく
がんばったんだ。腎臓が急激に
悪くなりさらに口の中の化膿が
脳に上がったのか痙攣をおこす
ようになってしまったそう。
先生も必死で鼻からチューブで
栄養を入れたりできる限りの
ことをしてくださった。
 ここひと月くらいすごい食欲で
いつも老猫や痩せてる子だけ
台所で食べさせているのをみんなの
ご飯を取っちゃうのでぺだけ先に
出していた。それが先週急に
具合が悪くなり頭を上げるのも
やっとな感じ。金銭的なことで
かぶくん先生に連れて行かれず
恐らく腎臓だったので保護系の
東京でお世話になってる先生に
入院させてもらっていた。
 23日に一度、あまりかんばしく
ない旨連絡をもらったがそのあと
何もなかったのでわたしには
最高のクリスマスプレゼントと
思った。そのクリスマスも過ぎ
あと一日で今年が終わる今日、
ぺは旅立った。

ぺが来た日↓

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/22129750.html

ぺの兄弟のぴーたは痩せて
よれよれになりながら毎日の
点滴となんとかまだほんのひと口を
自分で食べてくれている。
同じ兄弟のぽんは今でも大きくて
肥っていて無問題。ぺもぴも
数年前から食べても痩せてきて
ある程度覚悟はしてきたが
さびしい。それでもわたしは
涙も出ないしペットロスにも
ならない。家のことが回らなく
なるからね。

ぺ、近景(今月半ばごろ)

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ぺはめぐが好きだった。めぐの
そばに行くといつも耳をなめて
めぐが困っていた

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気のいい猫だった。ぺったん
またね!

posted by ミチル at 00:11| 山梨 ☀| Comment(7) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

さようなら、うみ(13日のこと)

さ、お別れだよ。
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こういうときって猫より犬の
方がニンゲン的な感じがする。
いちごもちゃんと挨拶に来たし
あーちゃんもちょこっとのぞいて
いたが猫たちはほとんどスルー。

お昼頃こーから写メ、これから
うみがいる場所。うちの動物たちの
菩提寺、府中の慈恵院

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めぐもゆりも迎えに来てくれた
かな。ナナには会えたかな

今日も元気に散歩に行こう。

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今日は暑かったけどブタクサが
すごいのでみんなにお洋服を着せて
行った。あーちゃんもちょっと
嫌がったけどいつもみたいに
袖口や襟をかじらなかった。

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秋の雲と夏の雲が同時にある空
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トラックが走ってるので安全な
野原に入れてやったのに自分から
すぐ出てきてしまった。アブが
嫌だったのかな

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アケビもだいぶ大きくなり
サルナシも。取ってやりたいけど
手が届かない。

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クーラーをつけるほどでもなく
みんな気持ちよさそうに昼寝

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寝てる間にいつもの友だちの家へ。
先住猫の気のいいチャムが
好物の鰹節を食べているのを
こっそり見てるちび猫の小梅

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小梅ちゃんは鰹節より洋食派だ
そう。

夜は消しハン。今日のふたり

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頼まれていたものが一区切りなので
明日の夜は小さな木彫を彫ろうかな


posted by ミチル at 00:05| 山梨 ☀| Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

穏やかに旅立った

ここ数日うみが目に見えて
衰弱してきていた。でも実家に行く
日曜日も部屋をうろうろして
まだ自分から少しは食べていたので
栄養が倍というチュールを買って
来たらひとなめふたなめした。
それでも日に日に痩せてがりがり。
長くはないということはわたしも
こーもわかっていた。

夕べ実家から戻るとほぼ寝たきり。
でも呼べば耳を動かすしなでると
小さくのどをならす。れもが
心配そうに、付き添っていた。

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こうなると獣医さんに連れて行って
あれこれはしない。本人が痛かったり
苦しかったりはないから。夕べも
いつものようにこーが抱っこして
ねて、今朝いつものように居間の
椅子に寝かせていたがもうほとんど
動かない。今日はつるくんが
べったりと寄り添っていた。

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午前中買い物に出てお昼過ぎ帰宅、
また小さく呼吸している。
レスキューを垂らした水で口を
潤してやるとゆっくりと飲み込み、
頭をあげてにゃあ、と鳴いた。
 工房に行くのははばかれて
ずっと居間にいたが3時ごろ見ると
もう呼吸はしていなかった。
眠ったまま静かに旅立ったうみ。
98年に拾ったので19歳だった。

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日曜日のうみ
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部屋をうろうろしてお水をよく
飲んでいた。ちっこもシートで
しゃがんでしていた。

昔秋になるとよく三崎の方に釣りに
行った。その時海で拾ったから海子。
うちのようにたくさんだとひとり
ひとりをかわいがってやれないが
ここ10日くらい人の膝に乗りたがる
ようになり、抱っこしてやったら
ごろごろのどを鳴らしていた。

うみの立派な旅立ちを、空が美しく
準備してくれたような夕焼

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もう空の国に着いたかな。
仲良かったナナも頼りになる
めぐもいる。虹のたもとでなんか
待たないでまっすぐ昇るんだよ。
いつかまた、会おう、うみ


posted by ミチル at 23:49| 山梨 ☁| Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

ご無沙汰しました

長くブログをアップしないでご心配
おかけしました。12月23日から
1月12日までずっと実家にいた。

入院中だった父が危ないと電話が
来たのが23日の朝、飛んで行ったが
危機は去ってそれからはずっと実家に
泊って毎日母と病院に行っていた。

(ここからは記録として書くので
スルーしてくださってかまいません)
父は2015年秋胃と腸にがんが見つかり
高齢だったが腸の方は腸閉塞手前と
いうことで、胃の方もどうせ手術に
なるのだからということで全摘に
なった。転移もなく、12月半ばに
無事退院したがその後は認知もある
ため、食べたくないから食べないと
食事をとらせるのが本当に大変で
母が苦労した。

結局食べず痩せてしまい同時に体力も
なくなり、去年は一年間で誤嚥性の
肺炎を何度も起こして入退院の繰り返し
だった。さらに、認知症の薬が
どうしても水様便になってしまい
そちらの方も母が大変だった。
 11月にも誤嚥性肺炎で入院、ひと月
くらいで退院して、もう肺炎に
ならないように食事がとれるように
ヘルパーさんを頼んで食事の管理や
食べ方などできる限りの注意をして
いたのに退院して1週間後の12月8日
またしても誤嚥性肺炎で入院。

それも何とか抗生剤の点滴で回復し
どうしても誤嚥してしまうため
お昼ご飯の時(もうムース食)
病院の看護婦さんやお医者さん、
それに食事指導の人たちに囲まれる中
焦って食べてのどに詰まらせて
危うく窒息死。その日はちょうど
退院後のことで主治医との話もあり
もう歩くことも大変になっていたので
一月そうそうに、長期療養型病院か
老健に移るということで母も納得
していたばかり。大騒ぎになり
わたしと母は病室から出てその間
1時間くらいでリカバリー。でも
あちこち管だらけにされていた。
それでも翌日には管が何本か外されて
いたのでまた少しずつ回復するのかと
思っていたがそこが父の底つきだった
よう。

家族は延命は希望していなかったので
19日から父は脱水を補う程度の
点滴と、またしても肺炎になったので
抗生剤を数日間点滴していたが
もう食べられないのだから衰弱して
行くばかり。母とわたしは毎日病院で
父を見守ったが死ぬのを待っている
みたいで嫌だったので整体で習った
愉気を、父の冷たくなった足に
わたしは一生懸命した。父はずっと
意識はあり、来たよと言えば首を振る。
のどが渇いた?と聞くとうなずくので
看護婦さんを呼んで耳かきの大きいの
みたいので口の中を水やポカリで
何度もうるおしてもらった。
良い病院でもう何もできない父に、
少し前までお気に入りでずっと握って
いた呼び出しのマイクみたいなボタンを
看護婦さんがここにあるからねと
いつも父の手においてくれた。

それから2回ほど、帰宅してから
病院から電話があったがその都度
血圧や呼吸などの数値も平常に
戻っていた父。手も足も看護婦さんに
寝たままお湯で洗ってもらい年末には
髪も洗ってもらって、新年を迎える
ことができた。心拍は徐々に落ちて
来ていたがそれでも50くらいあった。
血圧も70〜120とか平常。

お正月あけて5日、いつものように
父のところから戻りしばらくしたら
病院から電話。心臓が止まりそうと。
慌てて飛んでいくと心拍数が20
くらいになっていた。顔色はもう
土気色。最後の時が来たんだなと
思った。そして母とわたしが見守る
なか、静かに父の心臓がとまった。
最初のころ、夜中の呼び出しはいや
だからねと言っていたのがちゃんと
わかっていたんだと思った。7時
45分くらいだった。

19日から絶飲食で18日目だった。
文字通りろうそくの火が消えるような
静かな最後だった。前日までは
意識もあり、呼びかけに対して
かすかに頭を動かしていた。5日は
手を握ってももう握り返せず
わたしは一生懸命父の冷たい足に
愉気をしたが指先がリズミカルに
動いたのでわかっているんだと思った。
それが父との最後のコンタクトだった。

たくさんの動物たちを看取ってきた
せいか、自分でも驚くほど冷静に
見送ることができた。父が行く時は
「パパ、立派だったよ、最後まで
自分で決めて行くんだね、こっちは
大丈夫だから安心してあちら側へ
行ってね」と声をかけた。今も涙が
出ない。

子供のころはおっかない父だった。
孫が生まれたことでわたしと父の
関係は変わりまた父の場合認知症が
優しく人にありがとうと言える
良いおじいさんにかえていた。
でもやせこけて骸骨みたいになった
父はベッドで寝ている姿も亡くなった
姿もわたしには別人にしか見えなかった。

ずっと食べられなかったのが11月の
入院から改善され出されたものは
完食するようになり、ハタチになった
ののこの写真もできあがって病室の
父に見せることもできた。あんなに
大変だった水様便も良くなっていた。
88歳、大往生だったと思う。

葬儀一切は父が口癖のように
必要ないと昔から言っていたので
家族だけで平服でだびに付した。
家にあってかっこだけで何もして
なかった仏壇も中の田舎の祖父母の
位牌も広島の仏壇屋さんに供養
処分を頼み、仏壇があったところに
父の遺骨を置き昔からお線香をたくと
臭いから消せという人だったので
良い音がする現代風のおりんだけ
買っておいた。これからわたしは
父が40年前に買い墓石だけ建てていた
お墓も墓じまいして両親の希望で
樹木葬を探す予定。まだまだきっと、
これからやることがたくさん出て
くるのだと思うが。

 12日久しぶりに帰宅すると猫たちは
クールだが犬たちは気が狂ったように
大騒ぎ。散歩に行ったり久しぶりに
織機をいじったりいつもの暮らしに
戻りつつある。父の気配は全くない
のでまっすぐあっちの世界に行った
のだと思う。

母もあきらめがついていたので
元気で何と一昨日iPhoneにした。
父がわたしのiPhoneが欲しくて
メモにスマホと書いてわたしに
買ってきてと何度も渡してたので
母が使えば父もうれしいだろう。
でも使いこなせるのかな(^^;)

そんなわけでわたしも母も元気なので
他ごとながらご安心ください。
なお、両親の強い意向でお花等、
お悔やみは辞退させてください。
生前はわたしの父のことを気にかけ
アドバイスくださったり心配して
くださったみなさん、どうもありがとう
ございました。父も今頃きっと
お礼を言っていると思います。
本当にありがとうございました。

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(2016年3月21日の写真)

posted by ミチル at 01:40| 山梨 ☁| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月06日

もずく慈恵院とコンサート

夕べはもずくを、もずくがうちで
5年暮らした和室の、いつも
もずくが乗っていたところに寝かせて
クーラーをつけて寝た。今朝も
朝から暑いので居間のクーラーを
つけてお昼頃、慈恵院に出発。

動物は亡くなることがわかるみたいで
亡くなる前にみんなに挨拶されていた。
亡くなってからはゆうべはグー君が
そばにいてくれたけど。

慈恵院は隅々まで気持ちがいい。

IMG_3944.JPG

うちの子たちはみんな合同だから
この下に遺骨の一部が埋葬させて
いるそうだ。

IMG_3946.JPG

そしてほとんどはこちらの竹林に
撒かれているそうだ。ここに
きたら急にてんちゃんの気配を
感じた。てんちゃんが迎えに来て
くれたのかな。

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視線を感じて朝、薄目をあけると
高いところからわたしを見下ろして
いたもずく。下から見上げると
特徴のある小さなおちょぼ口が
本当にかわいかった。

IMG_3943.JPGIMG_3942.JPG

もずく、もずく、一度でいいから
だっこしたかったよ。かわいい子、
さようなら。お前と暮らしたことを
わたしは死ぬまで忘れないよ。

帰りは中央道上り渋滞なので
下道を行くことに。わたしが運転。
4時ごろ帰宅。今日は夜出る用事が
あって、ばたばたと夕方の仕事を
終えて出かけた。これ↓

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子供のころから知ってる子がもう
24歳、小学校の先生になったそうだ。
その子が亡くなった友だちの娘さんの
ために海の声という歌を歌うというので
友だちが来られないかもしれないので
動画を撮っておこうと思ってでかけた、

そしたらちょうど第二部が始まった
時間にこられたのでよかった。
海の声という歌、歌詞を聞いていると
ほんとうにその子のことを歌ってる
ように聞こえた。

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ハンカチを持って行ってよかった。

明日はまた実家に行ってきます。
みなさん良い休日をお過ごし下さい♪
posted by ミチル at 23:38| 山梨 ☀| Comment(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

めぐ、慈恵院

今日はめぐを府中にある慈恵院に
連れていく日。わかってはいるが
なかなか腰が上がらない。めぐが
この家からいなくなるから。

お昼近くやっと準備にかかる。
買ってきた大きな段ボールを
ふたつつないでめぐが伸ばした
手足を折らなくても入るように
こーが作ってくれた。わたしたちが
いま着てる自分たちのにおいが
ついたTシャツをかけて、お散歩で
毎日あるいた道脇から咲いてる
お花をつんで入れた。

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白いテッポウユリは先週の金曜日
ここで写真を写したもの

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大きすぎて幅の狭い扉の玄関から
斜めにしてやっと出した。
銀花の柵にはとても入らないから
車に乗せてから銀花を下の道まで
下してお別れさせた。

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それから出発、、だったのだけど
思い立っていつも歩いてる
お散歩コース、少し先の時間が
ある時よく連れてった、見晴らしの
良いところまで車で回ってもらった。
涼しくなったらまた行こうと
思っていたのに。

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府中を過ぎても下りないので
聞いたらわたしの実家によって
ノノコにもお別れをさせるという。
実家についてノノコも母もお別れ。
一緒に連れて行ったいちごが
尋常でなく母とノノコに甘えていた。
わたしがいつになく泣いてばかり
いるからどれほど不安なのか
改めてかわいそうになった。

2時半ごろやっと慈恵院に到着。
めぐをまさか、こんなに早く
連れてくることになるとは
1週間前のわたしには想像さえ
できなかった。

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いつもうちは合同火葬なので
受付をして遺体安置所において
戻ってくるのだがわたしは以前から
めぐの場合、びびりで絶対ひとりで
おいて帰れない、だけどめぐだけ
個別ということはできないと思って
いた。今日がほんとうの試練だと
思っていたが駐車場について
台車をかりてめぐをおろしている
うちに涙がでなくなって陽気な
てんちゃんと能天気なゆりの気配に
包まれるような感じがしてきた。
そうか、お迎えに来てくれている
んだね。

めぐ、お前は死んでもわたしの
宝物だよ、めぐと暮らした11年は
わたしは本当に幸せだった。
ありがとうめぐ!また会おう!

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不思議なことにめぐの気配が
わたしの周辺から消えた。
きっと自分が死んだことが
わかったのだと思う。
今朝散歩のときなどずっと一緒に
いた。めぐは賢かったからもう
自分のいる世界がわかったのだと
思う。あとは残されたわたしたちが
大きなめぐのいない生活に早く
なれなくてはならない。

帰りは報告をかねてめぐが
お世話になった地元の獣医さん、
かぶくん先生に寄った。いちごも
そろそろブタクサのアレルギーが
出てきているので診てもらうことに。
 今日は知らないところに
連れていかれてしかも帰りは
獣医さん!?踏んだりけったりの
いちごちゃん

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連れ歩かれなれてないので
これからはどこにでも一緒に
連れて行ってやろうと思っている。
いちごをひとりで家におかないように
しようと思う。

めぐは帰宅して動物仏壇のなか
向かい側にはてんちゃんとゆりの
紙位牌がはってある。おとなりは
1月になくなった猫のちゃっく

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めぐ、こんなところにお前は
いないだろうね。まったく気配が
ないもの。きっと今頃お寺のお庭で
ゆりやてんちゃん、ちゃっぴ、
さたろにげんさん、懐かしいみんなと
再会を祝っているんだろうな。

めぐは明日8時に荼毘に付される
そうです。お心があれば一瞬でも
めぐのことを思ってやってください
みなさん、めぐを、わたしを支えて
下さってほんとうにありがとう
ございました。これからも変わらず
見守ってください。
posted by ミチル at 23:48| 山梨 ☁| Comment(8) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

走って行った

夕べから和室に入れてわたしの
横で寝かせるようにしためぐ、
10時ごろ外に出たいというので
バスタオルでおなかを持ち上げて
庭に出したらしゃがんで大量の
ちっこをしたが寝る時は念のため
おむつをつけて寝かせた。ほとんど
動けなくなっていたが1時過ぎ電気を
消してから何度も鳴いて必死で
動こうとしている。立たせようと
思っても立てないし、、、
そうしたら3時過ぎ3回目の時
ちょっとくさい。見たらおむつの中に
大量のうんちが出ていた。タール便。
すっかりきれいにしておむつを
外してやったら呼吸も静かになって
大人しく朝まで寝ていた。

8時前に起きたらめぐは寝かせて
いた蒲団からずれて大量のちっこを
していた。すぐきれいにして居間に
うつす。めぐ、だいじょうぶだよ、
おもらしなんか、誰だってする
んだからね

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ベッドの上だと下に下りたがるので
こーが下に寝かせた。今日は
ぽんちゃんがついている。ぽん
ちゃんは一番最初に犬になれた猫で
当時いたげんさんやゆりがあまりに
無防備なぽんにちょっかいを出すと
めぐが割って入ってぽんを守った。

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明日かぶくん先生はお休みなので
今日の分までしか点滴もないので
こーが仕事の前にもらいに行った。
今日の分はあるのでそのまま仕事に
行くはずだったのがお昼ごろ戻って
きた。こんな状態でも点滴を入れて
やった方が楽になるのと、あと、
痛みどめの注射を点滴に入れる用に
もらってきた。

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点滴を終えて1時ごろ。呼吸が荒く
ちょっとかわいそう。肺がんの方は
まださほど悪さをしていないそうで
貧血がひどい。めぐ、大好きだよ、
耳元で抱きしめて話をした。
まだ目でわたしを追う。

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2時ごろそれまで荒かった呼吸が
静かになり回数も減ってきた。
とても静かな呼吸になった。
心配になって何度も心臓を触って
みた。2時半ごろ電話があって
話し終えてまだおなかは動いている。
顔を近づけてもあいている目は
もうわたしを追わない。呼吸の回数が
減って外で銀花が鳴いたから牧草
入れてやらなくちゃと時計を見たら
3時、めぐの呼吸は止まった。
わたしはマンガのようにめぐに
抱き付いて泣いた。めぐ!めぐ!
死んだ!死んだ!!死んだ!!!

わたしの好きだっためぐの大きな
足、手、野山を駆け回って一度も
爪切りなんかしたことがなかった。
もう走らないめぐの手と足、
めぐ、めぐ!!!!!!!!!

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子どものころから絶えることなく
犬と暮らしてきたがめぐはわたしに
とって特別な犬だった。ちゃっぴも
さたろもゆりもてんちゃんもみんな
大切な犬だけどわたしが守るべき
存在だった。めぐはわたしと同列
上でも下でもなく、めぐがわたしを
守ろうとしていると感じることの
方が多かった。めぐはわたしの親友
だった。もういない。めぐは
もういない。死んでしまった。

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先週の火曜日の写真
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水曜日まではまったくいつも通り、
木曜日散歩から戻るとちょっと
元気がなかったが夕方には復活、
それが金曜日は夕方になっても
戻らないので慌てて地元の獣医さんに
駆け込んだ。めぐは文字通り
駆け足で空に昇って行ってしまった。

お願い
お電話は親しい犬友達の皆さんの
声を聞いたら涙しか出てこないので
当分出られません。
あといつものことですがお花はうちは
猫がいて飾る場所もなく、もし
お心があれば、お花のお金はめぐの
ように行き場のない子たちのお世話を
してくださっている団体やボラさんに
ご支援いただけないでしょうか。

放し飼いの秋田犬とさまよっていた
野良犬の間に生まれためぐも行き場の
ない子でした。わがままをお許し下さい

明日一日家において明後日菩提寺に
連れていきます。生前めぐに心を
寄せて見守ってくださったみなさま
どうもありがとうございました。
わたしは元気ですのでご心配なく。
明日からはめぐが伏せてからずっと
情緒不安定だったいちごの心のケアを
しっかりしてやります。

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ありがとうございました。
めぐより


posted by ミチル at 23:02| 山梨 ☔| Comment(10) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

てんちゃん慈恵院(2日のこと)

朝起きるとてんちゃんをはさんで
いちごとめぐが寝ていた。

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動物には別れの悲しみがあると
思う。てんちゃん、安らかな顔は
寝てるだけみたい。少し笑ってる
みたいにも見える。

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今日は慈恵院に連れて行かなくては
ならない。なんとなくぐずぐずして
しまう。でも今日なら家族揃って
行かれるからね。

さぁお別れだよ、てんちゃん
さようなら。

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いちごは座って固まってぴよぴよ
泣くばかり。だいじょうぶだよ
また必ず会えるもの。

車が好きだったてんちゃん。
病気が良くなったらドライブに
行こうと思ったのにもう自分で
乗れない。昨日買ってきた大きな
ダンボールに入ったてんちゃんを、
こーっとふたりで運び入れた。

つい先月の10日にちゃっくを
連れにきたばかり。府中の慈恵院は
東京にいた頃からそれこそ30年
近くお世話になっている。うちは
ずっと借家や借地暮らしなので
動物たちのお墓はお寺の合同供養で
お願いしている。合同供養は個別で
ないから遺骨は戻らないが永久供養
してくれるのでわたしたちが死んだ
後も安心。

http://www.jikeiin.jp/about/fuchuhonzan.html
何度か書いているがこのお寺に昔
一年間坐禅会に通ったことがある。
もう当時のお坊さん方も見かけなく
なりお寺も以前から比べるとすごく
大きくなって発展した。

受付にてんちゃんを運び入れ
手続きをしていたら小林さん?と
声をかけられた。事務の方でなんと
わたしたちのことを知っていると
いう。当時プレハブで坐禅会を
やっていたがその時入社したそうで
わたしたちのことを覚えていて
くださった。びっくり仰天!!

ちゃっくを連れてきた時のことも
ご存知でなんでも言ってくださいと
言っていただき、いろいろと便宜を
はかってくださった。ひとつに
お洋服が脱がせられなくて、、、
どうしようと思っていたら大丈夫
ですよと言っていただいて、いつも
てんちゃんが着てた服だからはさみで
切って脱がせるのは嫌だった。

てんちゃんはお散歩の時大好きな
やぶこきばかりしてるからいつも
腕の上の部分が擦り切れてしまう。
オーダーで作ってもらった思い出の
お洋服を着たまま、いつもの姿で
旅立たせることができて良かった。
その方はこれから何かあれば何でも
言ってくださいと名前を教えて
くださった。てんちゃんが起こした
3つ目の奇跡のような気がした。
(1つ目30日の夜半に急に食欲が
出てたくさん食べてくれたこと
2つ目自分で歩いて庭に出て
いつものようにめぐやいちごと
庭でちっこしたこと)

社務所で戒名を書いてもらう。
わたしはここでいつもてんちゃん、
テンちゃんと書いてきたけど
もとの飼い主の春さんが書いていた
甜で見送ることにした。

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007.JPG
てんちゃん、もうみんなのところに
ついたかな。お友達がたくさん
いるよ。春さんによろしく伝えて。

合同供養のお骨は供養塔には一部で
あとは竹林に散骨しているので
竹林に回ってお参りしてお寺を
後にした。
009.JPG
てんちゃんがいない寂しさは
じわじわ来る。良くも悪くも存在感の
大きな子だったから。
てんちゃん、寂しいよあの笑顔に
もう一度会いたいよ。てんのために
買った白内障の目薬が10本、
今日届いたんだよ(;_;)(;_;)
posted by ミチル at 00:48| 山梨 ☀| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月01日

さようならてんちゃん

夕べわたしが寝る頃(2時頃)また
下痢が出ておむつを2回変えた。
もうほとんど動けず目だけ動いて
いた。おむつをかえてお尻をきれいに
して、寒いので湯たんぽを2つ入れ
毛布を何枚もかけてわたしが
寝ている和室から顔が見えるように
して寝た。今朝起きた時まだ目だけ
時々しばしばして話をしている
ようだった。今日もぐーくんが
お見舞い。

001.JPG
時間を追うごとに衰弱していく。
深い底に沈んでいくように。
でも幸いなことに痛みなどはない
ようでとても静かに呼吸している。

とりあえず犬の散歩行かなくちゃ。
雪の中で嬉しそうだけど今日は
野原を出たらふたりとも家の方に
向かって歩くのでそのまま戻る。

005.JPG

銀花だって散歩に行かれなくて
退屈してるからかまってやらなくちゃ
ならないし。

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てんちゃんは夕べから首が上に
伸びてしまい、時々口から茶色い
どろどろしたものを吐いていた。
それはもう吐くというより、
流れている。お尻からはもう出ない。


その液体は今度は鼻の穴からも
出てくるようになって下にしいてる
ペットシーツをしょっちゅうかえて
やらなくてはならないほど。
出てくるのは少しずつでも断続的に
出てくるから。体の中を掃除して
旅立つ準備をしているのだろう。

014.JPG
口の周りを何度もぬれタオルで
ふいてきれいにしていた。こーっが
ずっとてんをさわっていた。それまで
閉じていた目が開いた。でもきっと
何も見えていない。そうしてげぼっと
少し多めに吐いてゆっくりだった
呼吸が止まった。でもいつ行ったのか
ずっとそばにいたけどわからなかった。

とても静かな旅立ち。そうしたら
とたんに固まっていた首が柔らかく
なり、硬直したように伸びきっていた
手足も柔らかくなった。

昼寝してるようにしか見えない。

016.JPG
てんちゃん、お空に帰って行った
んだね。行くって決めたんだね。
(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)

てんちゃんがうちに来た日

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/112623735.html

空色の毛布を作ってもらった日
http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/112892193.html

てんちゃん、さようなら。叱って
ばかりいたけどもっとかわいがって
あげたらよかった(;_;)(;_;)(;_;)
ほんとうに良い子だったね。一昨日は
寝込んでから想定外に夜遅くあんなに
たくさん食べてわたしを喜ばせた。
昨日も寝返りもできないのに
立ち上がって犬ベッドに上がった。

夕方はいつものようにめぐといちごを
庭にちっこに出そうとしたら起きてきて
一緒に玄関のドアの前に来た時は
奇跡を見たようだった。開いてしまう
後ろ足を一生懸命踏ん張って大量に
ちっこして、すぐ入らないで
雪だらけのお庭を見回していたね。

かおちゃんが送ってくれた温灸も
しっかり体験できたし、もう
思い残すことがなくなったの?


お空の上はてんちゃんが大好き
だった春さんがいるでしょ。
寂しくないね。春さん、今日まで
てんちゃんを託してくれてありがとう
一緒に暮らした6年、ほんとに退屈
しない犬でした。てんちゃん、また
会おうね。さようなら。楽しかったよ

023.JPG
あした慈恵院に連れて行きます。
いままでてんとわたしたちを応援し
見守ってくださったみなさま
どうもありがとうございました。
てんちゃんはりっぱに旅立ちました。

てんちゃんへお花はご存知のとおり
猫だらけで飾る場所がないし
遠慮させていただきます。

何よりてんちゃんはもともと保護犬で
不要になっておいていかれた犬です。
てんのような病気になっても十分に
治療してあげることも難しい
保護団体や個人ボラさんに、もし
お心があればてんちゃんへのお花の
つもりでご寄付していただけたらと
思います。その方がてんちゃんは
本望だと思います。

みなさん、ほんとうにどうも
ありがとうございましたm(_ _)m
これからもかわらずわたちたちを
見守ってください。
posted by ミチル at 23:18| 山梨 ☀| Comment(16) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月27日

めぐパパ弔問いきました

少し寝坊して8時過ぎ起きると
こーっが早起きしたらしく犬たちの
散歩はすんでいた。いちごが昨日
足を痛めたみたいで立ち上がる時
ひゃん!と鳴く。最初ムカデにでも
刺されたのかと思ったが後ろ足に
痛みがあるみたい。それでも散歩に
行けば普通に歩き、いつもどおり
なのだが寝ていて立ち上がる時に
痛いみたい。筋を違えたか。
様子を見てあまり痛がるようなら
明日獣医さん連れて行ってもらう。

犬の散歩は終わっているから銀花
散歩に出る。今日は良いお天気、
暑いくらい。もうメマトイが
湧いて目の周りに集まってきて
うっとうしい。銀花もだね。
緑が出てきて良かったね!

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たんぽぽが嬉しそうに咲いている
小さな蜂がかくれんぼをしていた

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帰りにまたちっこの臭をかいで
フレーメン(笑)

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帰宅するとわたしも汗びっしょり
4月にこんな暑くなるなんて
去年からだと思う。まだ桜が
咲いているというのに銀花は
初行水をした。

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風が少し冷たいからさっとかけて
毛の中まではぬれないようにして
汗コキでぬぐっておいた。

また隣の家の床下でグーくんが
鳴いている。玄関にまわると
待っていた。ご飯の用意をして
ドアをあけるともう待ちきれない
様子。

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ポリ袋にドライフードをふた握り
それにうにちゃんのお土産の
カルカンレトルトかちゃっく用の
モンプチを半分、ポリ袋に入れて
よく混ぜる。うちの猫たちの
倍を一度で食べるグーくん。
玄関の中で食べるようになると
いいなぁ。

午後はノノコの送りで出て帰りに
花屋さんに寄って小さなアレンジを
作ってもらってめぐのパパの
弔問に行ってきた。去年の6月頃
暑いのにだいぶ弱くなって足腰が
弱ったと言っていたので気になって
いたが暑い夏は乗り越えて今年の
3月5日、雪の後大雨が降った日に
旅立ったそうだ。外飼いで特別な
ことは何もせずに13歳と8ヶ月は
立派だったと思う。最後の1週間は
食欲が落ちて食べなくなったが
それでも散歩は行きたがり
よろよろしながらおじさんと行った
そうだ。寝たきりになったり
おもらししたりすることもなく
親孝行に旅立ったそうだ。でも
おじさんもおばさんも寂しそう。

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左は秋田の前にいたやはり秋田犬
めぐパパは右の子。めぐパパも
おじさんがおんぶして可愛がって
いたそうだが人になれずわたしも
道であってもとうとう一度もさわれ
なかった。放していたので野良との
間にめぐたちが生まれてしまい
めぐたちの写真をプリントして
見せたら以来二度と放さず
庭に60坪もあるドッグランを
作ってくれた。その少し先に古い
お墓があり秋田はそのお墓の真ん中に
眠っているそうだ。今頃は天国から
地上を見下ろしているのだろう。
ちなみに秋田、というのがめぐパパの
名前。こちらでは紀州犬だと紀州が
そのまま名前になっていたりする。

夜は久しぶりに絵を描いた。
いろいろ頼まれているのだが
こればかりは絵柄が浮かばないと
描けない。むしろ絵柄が降りて
来た時それをいかにイメージ通りに
捕まえるか、というところで
わたしは絵を描いている。
言い方を変えると一切の努力を
していない(笑)

IMG_7279.JPG
ラブばかり保護している友だち。
うち2頭はガンだそうだけど
このおうちの子たちはいつも
ほんとうにニコニコしている。
友達と犬たちと穏やかで優しい
時間が流れるように祈ってやまない。
posted by ミチル at 23:25| 山梨 ☀| Comment(2) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

げんさん訃報(長文失礼)

今朝、すてまる先生よりメールで
げんさんの訃報を知った。
げんさんがいつうちに来たのか
思い出している。銀花が来た時は
もういたから10年くらい前のこと
だろうか。

akiyamakoubou-2006-07-09T22-44-40-1.JPG

当時父娘で合気道を習いに行って
いた。その先生がブリーダーも
やっていて「良い子がでないから
いらない」と貰い手を探していた
ので、当時義母をなくし寂しい
日々だった義父が引き取りたいと
いうのですぐ貰い受けた。もらいに
行ってそのまま義父の家に直行、
家の中に入れる前に少し歩かせようと
リードをつけて歩いたのだが、
歩けない。リードがからまって
どうしたらよいかわからなくて
立ち止まってしまうげん。。。。

生まれてから5年、一度も柵から
出してもらっていなかった。自称
ブリーダーのおっさんは運動場と
言っていたが生まれてから一度も
外を歩いたことがない犬だった。
とりあえず義父に引渡したのだが
翌日には義父がギブ。どこにでも
つきまとって何もできないと。。

それですぐ迎えに行ってうちの子に
したのだが何しろ何もかもが
はじめてのことばかり。当時うちは
気の良いシェルティのさたろ、
ちょっと神経質なおばあさんの
ちゃっぴ、能天気ゆり、まだ子どもの
いちご、そしてでかくなってきた
めぐがいた。メス犬たちには問題なく
仲良くできたのだがオス犬には
どうしてもだめ。人の良いさたろが
ニコニコしてよっていくと歯をむいて
うなりがぶっ!!!何度も仲裁に
入りわたしは何度も足をかじられた。

住宅事情もあり、何とかさたろと顔を
あわせないように部屋を割り当てて
そのうちすぐ山の家に引越しそこでは
悩んだ末、さたろとちゃっぴ老犬組を
庭に自由に出入りできる別室にして
げんをふくむ若犬たちをリビングに
おくことにした。それでもげんは
すきあれば人のご飯を狙う。何度も
めぐに叱られてもどうしても狙う。
ゆりといちごはよわっぴだったので
見てないとげんにご飯をとられてしまい
見かねためぐが叱り飛ばすのだが
げんの方は本気で反撃するので
血だらけになるのはいつもめぐだった。

akiyamakoubou-2007-02-19T13-38-26-1.jpg

わたしに犬をきちんとしつける
能力もなく、信頼していた犬馬友達
にも相談、その友達に一言言われた
「この子虐待犬だよ」。。。。

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げんは悪くない。げんを利用する
だけの元の飼い主が悪い!!
げんが少しでも他の犬たちと同じ
ことができるようになった時は
家族は嬉しかった。なかなか川に
入れなかったげんが泳いだ時は
こちらまで嬉しくてみんなで川に
入ってげんと遊んだ。
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そんなこんなスリリングな犬ライフ
毎日ハラハラしたりドキドキしたり
ところがそんな2007年9月、台風で
うちは土砂災害にあってしまい、
たくさんの動物たちをおいて避難
なんかできずにいたらいつも
助けてもらっているステマル先生が
うちの動物たち、その頃介護が
始まっていたさたろはもちろん、
カラスのダイやインコのピッチも
全部預かって下さることになり
全員を2往復して都内の先生のお家に
連れて行った。げんを含む若犬たちは
二間続きの広いお部屋に住まわせて
もらい、ちゃっぴとさたろの老犬組は
古い和風のモダンな畳敷きの部屋に
住まわせてもらった。ご近所の方が
毎日散歩に連れ出して下さり、先生の
さすがの人脈で多くの方に犬も猫も
可愛がっていただいた。

若犬たちの部屋では相変わらず、
社会性がどうしても身につかない
げんが隙あらばゆりやいちごの
ご飯を狙いそのたびいつものように
めぐに叱られる。めぐは秋田ミックス
だから大きくて小さなげんを上から
押さえつけ顔の前でがうがう、
がうがう!!っと激しく吠える。
それを見ていたご近所の方が
この集団の中にげんがいることを
とても気の毒に思ってくださり里親を
申し出てくださった。最初は
ののこも絶対に嫌、げんだって
かわいいうちの家族だからと。
わたしたちは考えた。もっとも
ステマル先生は動物にとって悪い
ことは絶対にありえないから。
悩んだ末、里子に出すことにした。

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/58659396.html
めぐが怖くていつも伏し目がちに
暮らしていたげん、多頭飼育では
かわいそうなことはわたしたちが
一番わかっていたこと。新しい
おうちは一人っ子としてこれ以上
ないというほど大切にしてくださり
げんはおしゃれな都会のドッグカフェに
連れて行ってもらったり、箱根の
別荘に連れて行ってもらったり
ママがちょっとお買い物の時も
ひとりでお留守番すると泣いちゃう
からとペットホテルにあずけて
もらったりと田舎の山の犬から
一気にシティボーイになりいつも
かわいくトリミングもしてもらい
別犬のように愛らしい顔つきに
なっていった。会いに行った時↓

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/60552605.html

あれから何年たったのだろうか。
でもこれがなくなる一週間前の
写真???と思ってしまうほど
まるまるとして、老犬特有のがりがり
した感じもなく、顔もわたしたちが
知っているいたずらっ子のげん
そのもの。年をとると表情が乏しく
なるけどげんは幸せいっぱいで
からだは年をとっても心は子どもの
まま、優しいママに甘えることが
できたのだと思う。

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げん、良かったね、お前ほど幸せな
犬はいないよ。げん、うちに
おいてやれなかったけど結果的に
こんなに幸せになれたんだもの
ほんとうに良い犬人生だったね。
これからはお空の上からしっかり
ママをお守りするんだよ。
げん、まっすぐ天国へ登るんだよ

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posted by ミチル at 23:51| 山梨 ☁| Comment(6) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

秋の雨

朝からしとしと霧雨。真夏の暑い日
涼しい風が上がってきてちょうど
日陰を作ってくれた木の下で今日は
雨宿り。

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めぐのぶるぶる、ぶるるん
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霧が濃く見通しが悪かったので
最初バンダナと思ったけど今朝は
寒いくらいだったのでみんなに
お洋服を着せて行った。もちろん
どろんどろんですぐ洗濯機(笑)

今日のアケビ。こんなたくさん
でもみんな中身がない。銀花用。

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はい!でっかいの!
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銀花はかなり降ってきたので軽く
上に連れて行った。上ではまた
クリが落ちていて今度はクリを
食べた銀花だった。

部屋の中では、、

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白黒猫のぺは小さい子に優しい。
はーちゃんがそばにいたら
しつこいくらいグルーミング。
なのにはーちゃんったら、、

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ぺの尻尾手で押さえてかじってるし
(笑)

昨日の友達から送られてきた
写真。クロちゃんは早くも3階に
上がってお外を見学していたそう

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ヽ(*´∀`)ノ

先週の水曜日、訃報が入り心が
壊れた。まだ修復できないまま、
今日お花を持って行ってきた。
親しくしていた人だったので
やりきれない。信じられない。
元気な声が聞こえて来るし
振り向きざまの笑顔が見える。
なんでこんな早く死んじゃったの?
わたしにできることは何か、探して
みたい。(;_;)(;_;)(;_;)
この頃年をとって死別に弱い。
わたしの大事な友達たち、誰も
死なないでください、
お願いしますm(_ _)m
posted by ミチル at 00:09| 山梨 ☁| Comment(4) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月13日

お別れと新しい出会いと

糞が詰まって日野のバードクリニックに
連れて行ったらがん宣告を受けて
闘病中だったインコのピッチ

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/258756664.html
http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/261099093.html
おそらく腸にがんができているため
整腸剤で糞を出やすくし、たまった
腹水もよく出るように利尿剤、それに
アガリスク粉末、栄養のある餌を
食べさせ小屋も小さくし床と側面に
ペットヒーター、周りをがっちり
暖かく覆ってとても元気になって
獣医さんにも前回は「顔いろが良く
なりましたね」と言われていた。
お薬のおかげで具合が悪いこともなく
まったくいつも通り食欲もあり元気に
過ごしていたのだが昨日ちょっと
猫背になっているなぁと思って夕方
もう一度見に行ったら止まり木がつかめ
なくなり、下でばたばたしていた。
すぐ手の中で温め1時間くらいしたら
ノノコの迎えの連絡。ばっちり保温して
でかけて帰って来てダメだろうなと
思ったら痙攣ぎみにばたばたしている。
かわいそうなことにこちらに連れてくる
ことができないので工房で手で温めて
母屋と行ったり来たりしていたのだが
10時過ぎ、見に行くと息を引き取って
いた。まるで寝ているみたい。
ピッチ、よく頑張ったね。長い間一緒に
暮らしたけど手がかからないから
あんまりかまってやらなかった。
ごめんね。(;_:)

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庭の花を摘んで箱に納め王さまが
慈恵院に連れて行った。ピッチの
相棒だったもう一羽は早く亡くなり
その子は山の家の裏に埋めたけど
天国についたらきっと会えるよね。

わたしは、月曜日行かれなかったので
実家へ。子猫たちの里親さんを探すのに
写真を写して来た。まだ小さい。
生まれたのは3月27日。6匹いたのに
10日に2匹死んでしまっていたそうだ。
やっぱり獣医さんに言われた通り
ノラの子は全部は育たないらしい。
まだ親から離せないけど目も開いて
ラボはもっと小さかったと思う。

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もらってもらえそうな方が1人いて
♂♀がわかればと言われたのだが
まだわからない。模様は3匹は似てて
少し色が濃いサバトラで背中のあたりは
少しアメショーが入っていそう。あと、
黒い子がひとり。

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まだおっぱいだものね。でも母曰く
トロ箱から出てきてうろうろする
ようになって庭にいるならいいけど
車庫から出て道に出たら事故に合うし
また近所から苦情が来たら困ると。
そりゃそうだ〜。本当なら最近やっと
法改正されたように8週齢までは親と
一緒におくのが良いに決まってるけど
そうなるとそうも言ってられなくなる。

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親も実家庭で生まれて育った。
生まれつき片耳がない。ノラだけど
割と穏やかで手を出してもふいたり
ひっかいたりはしない。親の方も
ちゃんとなつかせないとヒニンシウツが
できなくなったら大変!

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というわけでこの子猫たち欲しいひと
いませんか〜。どなたかいたら
よろしくお願いします!もんちゃんと
ノノコが一匹ずつもらってくれるので
残りあと一匹です。シウツ代二万まで
母が出すと言っています。
posted by ミチル at 00:21| 山梨 ☀| Comment(8) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

ゆり、慈恵院

ノノコが今日から塾だったので
送ってからゆりを慈恵院へ連れて
行った。ゆりを段ボールに寝かすのも
嫌だったけど王さまが大きな段ボールを
買ってきてくれたので上の部分を切って
短くして、今まで寝ていた毛布は
化繊なので木綿以外は低温で燃焼する
のに入れられないので、木綿の
バスタオルと、王さまがいつも着てる
木綿の厚いシャツをかけて寝かせた。
ゆり、息を引き取ったのが3日の未明
まる一日たっているのに全然硬直して
いない。関節も生きている時と同じ
ように曲がるし、お腹のあたりはまだ
ほんのり温かみもある。

めぐは会っているけどいちごと
てんちゃんにお別れをさせる。しかし
てんちゃんは何か恐ろしいようで
部屋の隅っこにぶっとんで行って
しまった。いちごも足踏みして
いつもと違う雰囲気にびびっている。
おいで、と呼んでゆりを見せてやると
ゆりといつも遊んでいたぽんちゃんと
らぼも寄って来た。その時いちごが
猫たちにがうっと怒った。いちご
なりに思うところがあった様子。

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それから庭にまわって銀花柵に入り
銀花にもお別れをさせてやる。銀花は
ゆりを見つけると犬たちの中でまず
ゆりに近寄っておでこ全体をゆりに
ぺた〜っとくっつけていた。犬たちの
中でゆりが一番好きだったと思う。

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うちは借家暮らし、良くて借地暮らし
なので動物たちはみんな慈恵院に
お世話になっている。もう何十匹
連れて行ってるかわからない。数も多く
貧乏暮しなので拾って3日後に死んで
しまった生まれたての赤ん坊猫たちも
何十年一緒に暮らした犬たちも
全員が個別火葬でなく、合同供養に
してもらっている。安置所にゆりを
連れて行っておいて帰って来る、
それだけが辛く涙があふれた。でも
大丈夫、ちゃっぴもさたろもみんな
ここにいるよ。

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今日朝の散歩の時、犬たちに
ゆりちゃんはどこ?と言ったら
犬たちが一斉にあたりをきょろきょろ
探した。銀花の散歩の時銀花にも
同じことを言ったら下げていた頭を
上げて周りを見ていた。ゆり、ゆり、
必ずまた会えるからわたしのこと
忘れないでね。
posted by ミチル at 22:40| 山梨 🌁| Comment(16) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする