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《ペット》って《愛玩動物》ってことでしょう?
撫ぜてかわいがるだけの動物。
わたしにとっての動物たちは、共同生活者であり、励ましあい共に戦う相棒であり、裏切ってはならない友である。
友達や恋人を《ペット》って呼ぶ人がいないように、わたしも彼らを《ペット》とは呼ばない。
だからわたしは、リアルだけではなくネットでも浮きまくりの変わり者なのかもしれない。
わたしがあえて《家族》と言わなかったのは、《家族》の《人間》はひとりでも生きていけるであろうからです。
動物たちは、人間社会の中では《わたし》という人間の後ろ盾なくしてひとりでは生きては行けません。
ですから、わたしは《わたし》を守らなければ、動物たちの幸せを守ることが出来ないと思っています。
今、秋山公房は安全ですか?
わたしたちは、ミチルさんたち人間も安全な場所に避難して欲しくて動物たちの避難場所になりました。
雨が降るたびに、日本全国でミチルさんたちの安否を気遣うお友達がいます。
本当に、どきどきと心配しているんですよ。
人間だけならば、避難的に借りられる物権の選択肢も広がるでしょうから。
それなのに、一気に別天地を求め始めるって、なんか違いませんか?
動物たちが心配で受け入れたんじゃないんです。
ミチルさんたちが安全な場所に移るときに、動物たちが足手まといにならないように、避難場所になっているんです。
そこの場所に、ミチルさんたちが留まっていることが、わたしには心配でならないのです。
年と共に、死守せねばならぬ者が増え、失っていくモノがこぼれ落ちていきます‥‥若い時には考えなかった事。
でも どんな時にも、家族が力を合わせて乗り越えられない困難はない・と信じています!
力はないけど応援するよ!!頑張って〜〜〜♪
まず子供の事を考えて、次に動物最後に自分(私の場合ね)、親は全ての上に居ましたけど、その為に今の自分の状況があるのね。これが良いか悪いか、正しいか正しくないか、後悔が無いかあるかは死ぬ時に自分で思う事だと思うのね。
それまでは間違ったら直せるのだから、間違わない人生も無いから、今の自分を信じて進むしきゃ無い!ミチルさん達を見ていて救われるのは、家族が同じ考えを持っている、それは素敵だと思いますよ(^_^)多少の考えの違いはあって当たり前。それをお互い知って、補ってゆけるのは素敵だと思う。
私なんぞ、結婚が続いている人は皆尊敬しちゃうもの(^^ゞ