2018年04月02日

父のお墓(1日のこと)

山の中で暮らしてるとヤマザクラは
とても遅いのでサクラの開花にも
無頓着なのだが昨日実家に来るのに
久しぶりに里に下りたら里は満開に
なっていた。いつもは4月1週目の
入学式には間に合わないくらいだから
やっぱり今年は早いのだと思った。

そして東京に来てみたらいつも通る
府中の見事な桜並木はほぼ散って
いて、実家近くの神代植物公園の
並木もこんな

IMG_1994.JPG
お花見シーズンはあっという間に
終わったということか。

今日は去年一月に亡くなった父が

http://akiyamakoubou.seesaa.net/article/446178265.html
お墓に入る日。父が生前に買って
あった都立霊園の墓じまいが
大変すぎてわたしはこーにアタマを
下げてどうかお願いしますと頼んだ
(^^;)そしてこーは行ったり来たり
書類を整え提出、墓石屋さんにも
墓じまいをお願いしすべて終えて
やっと父は申し込んでおいた実家
から歩いて行かれる場所に新しく
できたお墓に入ることができた。

IMG_1988.JPGIMG_1992.JPG
お墓と言ってもいずれ合祀にして
もらうので新たに墓石など
建てず、ロッカーみたいなところ。
10年たったら自動的に合祀に
入れてもらえるシステム。

八王子のお墓には分骨してあった
父方の祖父と昭和8年に亡くなった
という、父のおばあちゃんわたしの
曾祖母の2人の分骨があり、それは
合祀の方へ入れてもらった。

IMG_1990.JPG

父も祖父も曾祖母も名前を記載して
もらうこともやめて最後は土に
返る方向で。生きている人は死んで
そのあとあれこれ残ったものは
家族にとっては苦しいことが多い。
何も残さないほうがいいとさえ
思う。誰もが生きて死ぬ、知り合いや
身内がいるうちはどこそこのだれと
わかるけどそんなもの30年もしたら
わからない。そうやって人は消えて
行く。それでよいと思う。その代り
かかわったものにはその人の人と
なりの魂は受け継がれていく。
それが本当の遺産なのだと思う。
そしてそれはたとえ1000年たっても
残っていく。いま生きているわたしに
1000年前の人の魂がどこかで生きて
いる。わたしも死んだらここに
入れて合祀にしてもらうように
ノノコにも言ってある。お墓の管理も
お寺との金銭的にも大変な付き合いも
ノノコに引き継がせるわけには
いかない。本人もやる気ないし(笑)

こーも来てくれたので終わってから
いつものはま寿司に繰り出す。
わたしは珍しく昨日から風邪で
夕べは体調が悪くなって早寝した。
ところがこの食べっぷり!↓(笑)

IMG_1996.JPG
食べられるうちが花、それも
父も義父も動物たちも教えてくれた
ことだけど、食べすぎはあかん(^▽^;)

夜はまたマクラメを作った。
少し熱が冷めてきたけど
先日友だちに持って行ったら
とても喜んでくれたのでもうひとつ
ブレスレットにした。

IMG_1999.JPG

下から光を当てるとお花が咲いた
みたいになる

IMG_2002.JPG
次はパラコードでも編んで
みようかな〜〜♪

posted by ミチル at 00:25| 山梨 | Comment(6) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
墓じまいですか・・・。
テレビで見たけど、大変そうだなと思いました。

お墓の考えも、人それぞれ。
私は散骨して欲しいタイプで、墓には入りたくないけど、母は子々孫々墓参りに来てほしいタイプみたいです。

そう思えば、継がれていくもので思うのが、ヒトの思いと共に技術ですよね。
今は機械で何でも出来たりするけど。
私も自分の持っている技術を誰かに継げるようにした方が良いのかもしれないと、ミチルさんのブログを見て思いました。

風邪は大丈夫ですか?
胃が空っぽの方が良いと思うけど、それだけ食べられれば大丈夫だね!
Posted by さゆり at 2018年04月02日 10:07
さゆちゃん♪おかしいかもしれないけど
うちでは父が亡くなったと同時に一切信心もなく
ただおいていただけの仏壇を処分して
次はお墓の始末が大仕事でした。今は墓じまいも
需要が高いから専門の業者がいてうちも
何か所か連絡を取っていちばん気楽にお願い
できるところに頼みました。

わたしたちの世代がお墓を守ったり法事をする
最後の世代なんだって。亡くなった後はもう
ケセラセラ、うちの父がよく言ってた( ´艸`)

わたしも何年か前から後継者ということを
考えることがある。わたしの場合自分のことでなく
動物の保護関係で。保護したり施設作ったり
大きな裁判で動物の権利勝ち取ったりしてきた人たちは
その人で終わりにしたらいけないと思ったんだ。
次に引き継ぐ人を育てるということは
とても大切な仕事なんじゃないかと思う。
さゆちゃんの技術はお嬢が引き継いでくれるかな?今はわからないけど年齢を重ねたら
やってみたくなるかもしれないね!その時のために
ノートをとっておけば?

風邪はなんだか本格的になってきて
一日で抜けるかと思ったらぬけない。
でもだいじょうぶ、食欲は旺盛だから
(笑)(笑)(笑)
季節の変わり目の風邪は栄養を捨てるためなんだそうだよ、だめじゃんわたし(笑)(笑)
Posted by ミチル at 2018年04月02日 23:19
春の風邪ひいちゃいましたか。熱がでるのも、咳や鼻水がでるのも、からだが一生懸命戦っているのだから、薬で抑えちゃわず、栄養摂って休むことですよね。でも栄養は大丈夫そうですが。
お墓じまい、ものすごく時間と労力とお金がいって大変ですね。家は娘二人長男に嫁いで、後継ぎなし。お墓を守っていくものはいなくなるし、将来的には合祀になるかな。私は、お墓に入るより土にかえる樹木葬とかがいいのだけど。お墓のあり方もどんどん変わっていくね。
桜も桃も、そして山桜も今満開、春が駆け足で過ぎ、一足飛びに初夏になるのでしょうか。

Posted by けいこ at 2018年04月03日 11:21
ミチルちゃん♪ ご無沙汰しています

お父様の一周忌も過ぎて、お墓じまいをされたのですね。
威厳のあったお父様の晩年は辛い哀しい思いもあったでしょう。
私はそうでした。
母が壊れるのを見るのは辛かったけど、逝って20年以上過ぎ、母の年齢に近づくにつれて判るようになり不思議と良い思い出だけが記憶に残るようになりました。

我が実家は、まだお墓も家も田畑もあり、それらの「終い」が甥(兄の長男)に掛かり色々と手続きをしてくれているようです。

そして、私達には子供がいないので共同墓地など行政書士による遺言書を作成中です。

ミチルちゃん、お母さまとの時間を長く長く楽しく過して下さいね。
今になって思うのは「子供を叱るな自分の来た道、年寄りを笑うな自分の行く道」と、母が言った言葉が忘れられません。
Posted by 佐和 at 2018年04月03日 16:37
けいこちゃん♪ここ10年くらい風邪らしい風邪
ひかなくて逆に大丈夫か??と思ってたんだけど
去年ノノコの引っ越しの時ひいてまた今回も。
なんか、だらだらしてたいのが本性だから
カラダが動くことに拒否をしているのか???
多分そうだ(^▽^;)

墓じまいをするにあたっていろいろ調べたけど
うちは立ち合いもお坊さんも呼ばない方針なので
たいていのとこはお坊さんは呼ばなくちゃいけないとか
立ち会わなくちゃいけないというのが多くて
ネットで探して結局このたび父や祖父たちが
入ったお墓の石屋さんにお願いしました。
そんな高くなかったよ、20万くらいかな〜
こちらに信心があると足元見られるけど
罰当たりなことにないからな(^^ゞ

けいこちゃんももしするのならあちこち
見積取ってからの方がいいよ。いますごく
墓じまい増えてるから業者もたくさんいるよ。

うちの方も樹木葬都営霊園にあって都営霊園から
引っ越す場合優先されるみたいだけど
場所が小平というところで家族がほとんど
馴染みのない霊園なので母がいやだというので
やめたの。都営じゃないところも探したら
あったけど千葉とか結構遠かった。

なんかね、うちはこんなこと言うと罰当たりだけど
動物たちを昔っから合祀でお願いしてるでしょう、もう60匹以上。合祀だと永代供養してくれるんだよね。だから最初から抵抗なかった。

知り合いのおばさんとかもうちの父が買ったころ
みんな焦って、あの頃バスでお墓の見学ツアーとかもあって遠くに買っちゃって今困ってる人いるよ。
子どもが手続きしてあげないととても老人にはできない。

今日夕方お山に戻ったけどこちらはサクラが満開。
東京はもう葉桜になっていて半袖の人がたくさん
歩いていました。これからはMUの恐怖とのたたかい!!!

Posted by ミチル at 2018年04月03日 23:11
さぁ〜ちゃん♪いつも見守ってくださって
ありがとうございます(#^.^#)
母も父も儀礼的なことを嫌っていたので
一周忌等何もしてないのですが早いもので
一年が過ぎました。自分の中で笑っている
遺影を見ても父がいなくなったことがまだ
どこかで信じられない気持ちです。

さぁ〜ちゃんがおっしゃる通り、おっかなくて
威厳のあるまま亡くなったらもっと実感が
湧いたかもしれませんが晩年の父は認知症も
進んであまり口もきかなくなり表情も寂しくなって
いつもの父と別人みたいでした。それでも
家族の名前とか親戚とかを忘れるようなことはなく、同じことを繰り返したりおかしな行動を
取ったりする認知症でしたが。

父の介護の時はいつもさぁ〜ちゃんのことを
考えていました。わたしは同居してなかったし
母がこまごまと世話を焼いていたので
ほとんど苦労もありませんでしたが気持ちがいつも
下向きで明日がどうなるかわからない不安が
常にありました。次は母、母もだんだん気弱になってきて以前のようにわたしやノノコと
けんかすることもなくなりいやに気遣いばかりの人になりました。

わたしも自分が結婚した時の母の年齢をとおにこえて、いまノノコは大人にさしかかり
手もかからなくなってきましたが自分が
同じ年の頃母がわたしにどう接していてくれたかを
よく思い出します。苦労かけたんだなぁと
今更ながらに反省しています(^^;)自分が
ノノコに同じことをされて初めて自分も
母にひどいことをしてたんだなと思ったり。

お母さんの残された言葉、こころに響きます。
紙に書いてどこかに貼っておこうかな(^^ゞ

いつもありがとうございます。
Posted by ミチル at 2018年04月03日 23:23
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