2007年04月01日

深い河

070326_1638~0001.jpg070325_1629~0002.jpg愛する人との死別。悲しみは紛れることはあっても薄まることは決してない、と思う。全ての記憶を出来ることなら消し去りたい、共に過ごした場所も時間も全部全部。触れると耐え難い痛みが襲って来る心の場所。大好きだった友達が逝って3年。3年たって先日、やっと連れ合いの人が電話をくれた。彼とも私は友達だったのだ。元気そうな明るい声の向こう側には触れられない場所がある。お互いの近況など長々と話す。「〇ちゃん(2人が可愛がっていた犬)も元気?」「…あいつは俺が殺した」彼女が逝って半年後に安楽死をさせたと言う、亡骸は毎日歩いた思い出の散歩道に埋めて来た、と言う。犬がいたら身動きとれないから、とあっけらかんと言う裏側に癒されることのない深い悲しみを改めて感じた。ぐっとこみ上げるものを追いやって「もう結構年だったもんね」と精一杯、私は言った。電話を切ってからいろんな思いが心の中をぐちゃぐちゃにした。わーっと大声で泣き出したくなった。切なくて悲しくてたまらない。今日は彼女の命日。〇ちゃんと天国で散歩してるかな、などとチンケなことを考えて重たい悲しみから私は逃げている。
posted by ミチル at 17:58| ☁| Comment(22) | 日常の暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今ね泣きそうだよ。もう!全く!!!なんだろね。何でそんなことで犬殺す?
そのわんこはそういう人のお世話にならないでよかったのかもしれないよ。今頃絶対天国でにこにこしてるはず。悲しいね
Posted by あずき at 2007年04月01日 19:12
泣いて画面が見えない。。
なんて言えばいいのか 命にはそれぞれの時間があり、
色んな形で終わりをつげるけど、絶対人が手を出したら
いけないものです。
信頼してる飼い主に、そんなことされたら 
どうしたらいいの。
Posted by 黒糖 at 2007年04月01日 19:54
うっ!と詰まってしまった。
深い悲しみ‥は残った人々に重くて辛いだろうけど。

エゴイストな飼い主に殺されたワンちゃんは、もの言えぬ悲しみを逝ってしまった友人に、つぶやいたのだろうか???
Posted by クロの継母 at 2007年04月01日 20:21
アズキ〜ヌ♪黒糖ちゃん♪クロ継ちゃん♪コメントありがとう。友達のとった方法に不思議と憤りが起こらなかった。一般論から言えば3人の言う通りだと思う。その子をよそにあげるとかは全く考えなかったと思う、たくさんいた犬たちがみんな老衰で次々亡くなって最後のその子は2人の子供みたいに可愛がってたから。2人と1匹が幸せだったころのことしか思い浮かばなくて…友達はどんなにどんなに、辛かったかと思う。愛することの強烈さ、生きて行くことの悲しさを目の前に突きつけられて今夜も妄想に逃げ出しています。
Posted by ミチル at 2007年04月01日 21:11
つらいね・・・・心が病んでしまったのでしょうね。
Posted by satoko at 2007年04月01日 21:34
命について考えてみると
答えとしては、それは神様が決めること

ひとは命を奪ってはいけない
Posted by shun-ran at 2007年04月01日 21:35
猫エビスアリガトウ。メール届いたかな。
愛犬を手にかけた心の地獄を思うとその人を責めることができない。生きている間、そのことを背負っていくつらさは、本人しかわからない。その人は、そのようにしか生きられなかったんだと。
私は、二匹のワンより絶対先に逝かれない。だから、健康でいたい。
今日ワンをシャンプーしてたら、急に脱糞して、倒れ、痙攣し口からは泡ふき、見てられない状態に。しばらくして治ったから良かったけど。主人の慌てようといったら・・・
Posted by かいこ at 2007年04月01日 22:26
satokoさん♪辛いです、だけど友達はもっと辛かったと思う。病んでしまったとは思えない。こうするしかなかったんだと思う。
Posted by ミチル at 2007年04月01日 23:28
シュンちゃん♪今回今まで私の人生の思考回路にないことで当然、身勝手に命を奪ってはいけないとはわかっていても、もしか我が家が壊滅し、長生きの銀花がただ一人残り虐待ではなくてもただ生かしてるだけの所しか引き取り手がないとしたら私は安楽死させると思う。銀花の人生だけどもう銀花は私の人生の一部でもあるから…身勝手と責められてもそうするしか私にはできないと思う。
Posted by ミチル at 2007年04月01日 23:36
けいこちゃま♪メールもらって私も返事送ったよ?届いてない!?今回はちょっと参りました。命を勝手に奪ってはいけないと強く思っている、私ももちろん友達も。それがわかっているからその時の気持ちを思うと切ない。動物を飼っていたら長生きしなくちゃいけないんだなと私も思います…わんはどうしたの?生きて、幸せな環境にいるけいこちゃまのわんのその後の経過が気になるよ。
Posted by ミチル at 2007年04月01日 23:50
読んでいて色んな思いが頭の中を駆け巡ったよ。
確かに命を奪うことはいけない事だけど、その人にはその人にしか分からない想いがあったんだと思う。
ワンちゃんが会いたがったから想いを聞き届けてそうしたのかもしれないし、ミチルさんのお友達のことを想って、そうしたのかもしれない。
ミチルさんの言うように後の事を考えたのかもしれない。
その人が死ぬまで背負っていく。それは覚悟の上のこと。
ミチルさん、泣きたい時は泣きなよ。思いっきり泣いていいんだよ。
Posted by さゆり at 2007年04月02日 09:25
さゆりん♪もしか動物の命を何とも思わない身勝手な人ならこんなに切なくならないよ、そうじゃない人だからその選択には私も含めて考えなくちゃいけない重みがある。混乱してた私の頭の中はみんなに聞いてもらって楽になりました。生きて行くことは時には覚悟を決めて重たい荷物を背負わなくちゃならないんだね。極楽とんぼの私には良い人生勉強になりました。
Posted by ミチル at 2007年04月02日 10:58
私だったら、自分が生きている間はその子と共に思い出を辛がるより、生きる事に向けて欲しい。自分が後を追うつもりでその子を残せなくてそうしたのなら仕方ないと思うけど、もし自分が生きるのなら、その子と共に生きる強さを持って欲しかったと思う。
その子を見るのも辛かったのかもしれないけど、もう一回り強くなって、きっと彼女はその子の命を彼に託したと思うから、自分の死によってその子まで殺されるとは望まなかったと思うから、彼女のその意志を遂げてあげて欲しかったな。
彼が後追いしないかとこの文を読んで心配になりました。生きる事は辛い事が多いけど、やはりそれに向かう以外無いと思うから、頑張って欲しかった。そういう事が日本では多すぎるような気がします。自分が飼っていても、それは一つの人格(猫なら猫格、犬なら犬格みたいな感じ)だから飼い主が自分の物と思ってはいけないと思う。あくまでも、自分がすぐ死ぬような事ではない限り、命はいじってはいけないと思う。あくまでも私だけの考えです。
Posted by sutemaru at 2007年04月03日 02:07
ステマル先生♪ものすごく仲の良いご夫婦でした。彼女が病気になりそばで見守るしかない彼は地獄だと思いました。2匹の老犬は次々亡くなり残ったその子は最後まで彼女と一緒でした。お利口なわんで亡くなった後は彼に寄り添うようにしていました。彼は人前では前向きで明るく今後の予定など話していたけど今回のことを知ってものすごく追い詰められていたんだなぁと思いました。私も彼女に触れる糸口だからこちらからは連絡できなかったのですがこまめに連絡すれば良かったと後悔しています。
Posted by ミチル at 2007年04月03日 15:51
安楽死っていうのは、人間しか考えないことだよね。それに動物達は、自殺したりしないよね。いつも生きることに一生懸命!やっぱり、悲しいものだよ…他人事ではない、重い課題です。
Posted by ミカママ at 2007年04月03日 18:43
ミカママちゃん♪私も今回のことは非常に重く受け止めています、今回に限って否定できない自分がいます。もしか同じ立場に立たされたら…立たされない保証はどこにもありませんからね…
Posted by ミチル at 2007年04月03日 20:15
あえて書くことをお許しくださいね。
例えば人間の子供を残された時、その子を不憫と思って安楽死を考えますか?絶対ありえないでしょう?犬と思うからそういう事が出来るのですね。どんなにその人の気持ちになって考えてあげても、それは人間のエゴなのです。犬にも犬の権利があり、生きる権利もあります。それは誰にもいじられてはいけない権利だと私は思っているのね。他に自分以外にも同じに可愛がってはもらえないだろうと思う事は私にもあります。それでもその子が生きる道を私は一生懸命探すと思うのね。どうしても駄目な時は一緒に連れて行くこともあると思う。でもそれは自分が生きていけないと判った時だと思うのね。殺してはいけない、それが私の動物に対しての最初の気持ちなので、安楽ではない安楽死と言う言葉に気持ちを許してはいけないと思うの。絶対生きようとする体には安楽な死は無いと知って欲しい。死を迎える時の死は安らか(例え一瞬苦しくても安楽死よりは楽よ)でしょう。それを全うさせて欲しい。嫌な事は嫌な事として認めない事もあると思うのね。私はその意地だけで生きてきたような気がします。
Posted by sutemaru at 2007年04月04日 09:59
ステマル先生♪書いていただいたことは全部全くその通りで私は深く共鳴しています。私も自分の中ではここでみんなが書いてる通り、動物は自殺しない、命はその持ち主だけのものどんな時も奪うことは許されないと思っています。それは先生のとこの安楽死を選択した飼い主さんから譲り受けて先生が何年も大切にしたわんの記事を読んだ時に確信したのです。そんな自分が今回のことでは友達を否定できない…なぜだろう…友達をせめる気持ちになれれば楽になれると思う。だけど彼の苦しみ、そうするしかできなかった彼の心を考えると切なくて悲しいです。
Posted by ミチル at 2007年04月04日 12:23
その方が良い方だからミチルサンも切ないのでしょうね。ミチルさんのお友達に対する気持ちは皆さん判っていらっしゃると思いますよ。ただ認めたくない気持ちもあるのだと思います。私は全ての飼い主さんにこの様に言います。最期まで看取ってあげて、天寿を全うさせてあげてと。でも色々な事情で出来ない事も判ります。彼はそれをこの方法にされたのも判ります。恐らく最後まで立ち会われたでしょうね。でもそれでも敢えて言うのは、その方法を取って欲しくないからです。他に違う方法もあるという事を選んで欲しかったと思ってしまうのです。どなたかが書かれていました、そのような方に飼われるより天国で彼女と一緒のほうがその子は幸せかもしれないという気持ち、それはその子を生かして他の方法でもその子は幸せをさらに持てたかも知れないと私は思うのです。彼を責めているのではなく、他の方にも他の方法を探してねと言いたいので、敢えて書き込ませていただきました。
我が家に引き取った時何時も心に思ったのはお母さんでなくてごめんねでした。でもその子たちはそれは頑張って生き抜くことに全力を尽くします。それを知っているから、殺して欲しくないのです。飼い主さんは飼う以上最後まで看取る辛さを覚悟して欲しいのです。沢山の試練があってもね、それ以上に我々に喜びをもたらしてくれるからです。彼の命を心配だと書いたのは、私だったら命と引き換えにでなければ出来ないと思ってしまうからです。命は体が小さくても大きくても同じ重さがあると思いますから。
Posted by at 2007年04月05日 09:16
ステマル先生、ありがとう。もやもやした気持ちを整理していただけたみたいな気がしています。当たり前なんですよね、何があっても最後まで見るのは。落ち込むと言うのは私の場合、人のせいにする、自己嫌悪になるがパターンでこれはほんとは楽な方法だと思いました。その先にある納得の行く答えをしっかり鷲掴みにしなくてはならない。今でも友達を責める気持ちにもなれないしその話題に触れる勇気もありません。だけど今回先生や友達にいろいろ聞いてもらって私は殺さない!私も死なない!と新しい気持ちが湧いて来たような気がします。良い人たちに恵まれて守られて幸せです。
Posted by ミチル at 2007年04月05日 14:27
お互い頑張りましょうね。
Posted by sutemaru at 2007年04月05日 20:16
ステマル先生♪はい!今回みたいなことがあれば私はすぐめげてほんとにがんばらなくちゃいけませんね。ありがとうございました。
Posted by ミチル at 2007年04月05日 21:51
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