2007年10月16日

山暮らし遍歴

昔、絵描き仲間数人と奥多摩の数馬に廃屋を借りた。骨組みと雨戸しかないような家を週末になるとみんなで修理した。無学舎と名付けた廃屋は何とか泊まれるようになり仲間たちの様々な制作活動の拠点となった。渋谷の西武からオファーがあり展覧会をしたりその後も無学舎主催の展覧会や演奏会をあちこちで開いた。月1万円でしっかり楽しんだと思う。平成元年には東京脱出を図った。当時、町をあげて《芸術家村構想》で町興しをしていた神奈川県F町の市役所にせっせと通い廃屋を探した。7年暮らし家主が帰って来ると言うことで2年間探してアキヤマの廃屋に移った。F町は懐具合のよろしいゲージツカの方たちがとんでもなく家賃や地代を引き上げていたので懐具合が非常によろしくない私たちには借りられる廃屋はなくなっていた。その廃屋が2年前まで10年間暮らした里の家である。そこも結局は家主が大規模に修理をしたいから出ざるを得ない状況と、よそ者だからと下手に出ていた隣人に次々ガマンを強いられることに耐えられなくなり思い切って誰もいない山の土地を借りて自分たちの家を建てた。今度こそ、少なくとも野の子が成長し出ていくまで落ち着いて住める家のつもりだった。今までの山暮らしの経験から、ましてロバまでいる状況で私たちが暮らせる場所はそうそうないだろうと思う。簡単には見つからないとも思う。勢いでえいっと引っ越したいが不可能に近い。かと言って、今も私は雨の音におびえている。流暢に構えているわけにもいかないし、だからと言って二度と失敗はできない。良い塩梅が、心身ともに難しいところだ。
posted by ミチル at 17:48| ☁| Comment(6) | 山暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする